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里親の元にくる子どものほとんどは虐待を受けています。
虐待を受けた子どもの養育に欠かせないトラウマの理解と対応について考えていきました。
今回の講演者
西澤 哲 氏
山梨県立大学人間福祉学部教授
講演内容① 「トラウマの理解」
日本にトラウマっていう概念が入ったのは1995年1月と言われています。
阪神淡路大震災を契機に「生命や身体にダメージをもたらす体験が精神的な影響を与える」ということが概念として初めて入ってましたが、それ以前は精神科医師であってもトラウマということはほとんど知らなかったそうです。
「トラウマ=心の傷」とよく誤解されるのですが、心の傷は日にち薬で自然治癒していきますが、トラウマというのはそれが望めない精神的損傷。
症状の主たる部分というのは自らがその傷をなんとか嫌そうと奮闘、努力している姿が他の症状として現れてしまうというメカニズム。
トラウマの理解の根底にあるのがホロウィッツの二相性モデル。
トラウマの二つの異なった状態が混合的に現れるもんだという風に捉えています。
一つはショックなことがあった時に出来事の記憶を意識から追い出そうとする、これが回避・症状麻痺性症状。一方で無意識は思い出させようとする。これが侵入性症状。
未統合のトラウマ記憶の断片に取り憑かれた状態
施設でみんなで楽しく食事をしながら話している時に子どもが「お母さんにこんなことされた」みたいなことを一部分だけ急に語ることがある。前後関係が出てこない。これが未統合のトラウマ記憶で、脳の中でふわふわ浮いている状態で自分でコントロールできないそうです。
トラウマに関して再現性が出てくる。侵入性症状は一種の再現。自分が言ったことを繰り返すこと自体が虐待を再現していることになる。
また、何かをきっかけに自分が虐待された時の記憶が全部蘇ってきてその記憶に包み込まれてしまい、今まさに自分がそのひどい体験をしてるかのように反応する。これをフラッシュバックと言います。
虐待を受けたお子さん達が大人との関わりの中で無意識のうちに大人を怒らせてしまって暴力を引き出そうとすることを、虐待的人間関係の再現性といいます。これもトラウマ症状だそうです。
虐待という衝撃的なトラウマ体験を消化吸収しようとしているけれど消化吸収できない。
いくら再現しても消化吸収できないので症状が固定化されてしまうそうです。
講演内容② 「虐待体験がもたらす子どもの心理状態への影響」
【トラウマの影響】
■対人関係への影響:虐待的人権関係の再現性
暴力を受けた子どもたちは大人を怒らせる傾向にある。
大人が怒ったら怖いということをわかっている子どもが積極的に大人を怒らせるのはなぜなのでしょう。これがトラウマの影響なのです。
■慢性的過覚醒
自分はいつ虐待を受けるかわからないので過敏になっていて、自分のことを自分でコントロールできない。
よくADHDに間違われる。
虐待やネグレクトを受けた子どもはまず、トラウマとアタッチメントの問題を疑う必要がある。トラウマの影響を受けている子どもはちょっとしたことで過剰な攻撃性をみせる(ADHDには暴力性は入っていない)。
■自己調節障害
乱れた自分の状態を自分で調節できる力が自己調節という機能。それが機能しないのが自己調節障害。
複雑性PTSD
└複雑性PTSDは2020年発行の新診断基準であるICD-11に初めて収載された診断概念です。強い恐怖の経験で起きるストレス反応「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断された人の中でも、そうした恐怖を長期的に繰り返し経験した結果、症状が持続的に見られる状態を複雑性PTSDと呼びます。
【アタッチメントの問題】
■乳幼児期に最も大事な精神的機能というのは健康的なアタッチメントの形成
「たかがアタッチメント、されどアタッチメント」
健康的な養育環境にある子どもは親にアタッチメントの知識がなくてもアタッチメントが形成されているが、不適切な養育環境で親子環境が不良である場合はアタッチメントが形成されず、それが長く問題を抱えることになる。アタッチメントの再形成は養育側にアタッチメントの知識が求められる。
■大人との関係における「安心感」
アタッチメント行動・・・不安・恐怖を感じた時に養育者に対して接近、接触することで安心感を得る。
■対人関係と情緒的安定性
アタッチメント対象の力を借りて安心感を補充して、自分で自分を整える力になっていく。
子どもの状態を広く捉えるものさしを持っておく必要がある。
アタッチメント,トラウマが様々な現れ方をする
薬物依存、境界性人格障害及び反社会性人格障害、摂食障害、解離性障害、気分障害(躁鬱)、身体化障害、性障害等。9歳を超えると治療が困難になってくるといいます。
講演内容③ 「虐待を受けた子どもの回復に向けた支援」
・回復のための曝露(Exposure)
自分の体験を語って物語化していく。
1980年代はトラウマ性体験に対して触れない方向だった。
・ネグレクトは「見捨てられ体験」
子どもとして可愛がられる、愛される経験がないままに育つということで愛情・依存欲求の充足の機会を剥奪されているので、発達的に早期のレベルでの愛情・依存欲求の充足体験が必要。
・親からの虐待というのは別の観点で表すと乱用
「親が子どものことを利用して生きている」子どもが自分の人生を奪われているということなので子どもが自身の人生を取り戻せるための支援が必要。
・十分な「お世話」
西澤先生は、里親さん、施設職員からよく「本当に子どもを甘やかしていいんですか?」と聞かれるが「はい。甘やかしてください」と答えているそうです。
・家族や親の抱える問題を子どもが的確に認識できるように支援する
以前は実親を美化したり、子どもに現実を話してこなかったが、なぜ施設(里親)のところにいるのか、など事実を適切に伝えていく。
・性被害を適切に「疑う」こと
社会的養護の中で性被害が多い。子どもの言動で疑われるべき内容はしっかり疑う。性的トラウマは別のケアが必要。
・自己物語が適切に編めること
ライフストーリーワークなど。
参加者からいただいた質問
再現されたらどんな風に対応したらいいですか?
その子の体験に返していく、現実起こっていることをプレイの枠組みに落とし、プレイをその子の体験に落としていく。(プレイセラピー) 「バーカ、死ね」などの発言の背景にある体験に手に当てる。 「もしかして、そういうことを言われたことあるのかな?」というように子どもの体験に返していく。それがひとつのやり方。
過酷なネグレクト状態、虐待による解離性障害はおさまる日は来るのでしょうか
解離性同一性障害は激しい身体的虐待で自己が統合されないという状態が続いていて、生じる。と考えられている。 ネグレクトの方はまとまらない自己、アタッチメントの不在がある。 本来、アタッチメント対象との関係における自分が核となり、その上で人によって見せる自分が違っていて成長とともに統一されていくもの。しかし、ネグレクトの場合は養育者との関係における自分が薄弱なのでいろんな顔を見せることになる。それが統一されないので「この子は人によって見せる顔が違う。どれが本当の顔なんだろう」と聞かれることがある。西澤氏は「どれもその子です」と答えるという。 「わたしはあなたをこう見ている」というのを(照らし返し)伝え、核になる自己を確立させる。
里親が自分を支えるために里子と向きあっていけばいいですか?
「知識は身を助ける」虐待を受けた子どもはこういう行動をするんだな、というのを知っていると情緒的な反応はある程度抑えられる。 自己理解(自分の中で起こっている反応を理解する)も必要。 子どもたちに話を聞くと、大人が怒ったというのは記憶しているがなぜ怒られたのかは覚えていない。怒ることは効果がないということ。
ポリヴェーガル理論など児童支援の世界の潮流、最近の流れが知りたい
トラウマフォーカスト認知行動療法というのがアメリカでは第一選択になっている。日本でも関西を中心に広がって児童相談所でも取り入れているが、自分はプレイセラピーを用いている。この理論でやらなければいけない、これが中心というのはないと考えている。
日々子どもたちにどう関わったらいいですか?
生活の中でどれだけ豊かに子どもと関われるか。 心理士の心理療法などは補助的な役割で、主役はみなさん(里親さん)。みなさんとの営みの中でどういう風な生活を作り出していくかということが治療的な役割がある。 とにかく子どもたちに十分なお世話をしていただくこと、特別扱いをすることで子どもが「自分は大切にされている」「自分は里親さんにとって大事な存在なんだ」ということが伝わるような関わりをしてもらいたい。 専門家にアドバイスを得る機会があるといい。
思春期の子どもの養育について。リストカット、摂食障害、援助交際。。。
一般的に思春期の混乱というものがある。同一性と特異性を統一していく中でのアイデンティティの確立(エリクソンが提唱した8つの発達段階) 同一性・・・お父さんと同じ、お母さんと同じ。同じグループである 特異性・・・お父さんでもない、お母さんでもない、違う自分 社会的養護の子どもは同一性の保障がない。 自己物語、なぜ親元を離れて施設(里親家庭)にいるのかを納得できるような基礎作りをしておくことが大切。 トラウマ、アタッチメントの治療は9歳を超えないうちに、と言われている この人は親身になって、自分と一緒に悲しんでくれて、自分にとって役に立つ存在と思ってもらえるか。どうやって信頼関係をつくっていくかが大事。 症状には何かしらの意味がある。 アメリカの精神科医カナー(Kanner.L.)は子どもが出している症状は子どもの心の中に入るための切符、入場券だという表現をしている。 子どもの心の中に起こっていることを見せてもらえるチャンスかもしれない。 その症状にはどういう意味があるんだろう。という見方をしている。 あなたはとても大切な存在だと伝え続ける。
コーディネーター相澤先生よりコメント
里親さんが子どもと向き合うときに大切なものは、安心感、信頼感を取り戻せるような日常を繰り返すこと。里親さんが安定した状態でいること。「あなたはとても大切な存在なのだ」と伝え続けることがどれだけ大切なことか改めて感じる時間でした。
■参考サイト
子どもと家族のメンタルクリニックやまねこ
https://www.yamaneko.ccap.or.jp/
TF-CBT トラウマフォーカスト認知行動療法
主催オンライン里親会
「社会的養育におけるライフストーリーワーク」
3月13日10:00-12:00講師徳永 祥子氏
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