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今回の講演者
加藤 尚子 氏
明治大学 教授
講演内容① 子ども虐待に関する基本的視点
【子ども虐待は社会「の」問題】
子ども虐待についての基本的な視点についてお話しいただきました。
加藤氏は子ども虐待が社会全体の責任であり、虐待が発生することは、親だけでなく社会全体が適切な支援を提供できなかった結果であり、子どもを育てる責任は個々の親だけでなく、社会全体にあるとの立場を示しました。
次に、養育者の支援について触れられました。
虐待をする親も支援されるべき存在であり、養育者が適切に子どもを育てることができない場合、社会は欠けている養育者の能力を補完する役割を担うべきである。
さらに、「児童虐待」や「子ども虐待」という言葉が状況を適切に表していないと指摘されました。
虐待という言葉は立場が二分されるため、「養育不調」「養育失調」という言葉で子育てがうまくいかない状況を表現し、子どもと養育できない大人の両方を支援することが望ましいとのことでした。
社会全体が責任を持ち、養育者を支援することで、子ども虐待の問題に取り組むことができるとの考えを示され、また、適切な言葉を使って問題にアプローチし、子どもと養育できない大人の両方を支援することが重要であるとの提案がなされました。
【支援の基本的視点】
ヒトの子どもが成長する過程と、虐待問題に対する支援のあり方について語られました。
加藤氏は、ヒトの子どもが生まれたばかりの時点では、泣くことと不随意な手足の動き以外には基本的にできることがなく、成長するためには世話を受けなければならない存在であることを説明されました。多くの哺乳類は生まれてすぐに立って移動することができますが、ヒトの赤ちゃんにはその能力がありません。そのため、親が養育行動をとることで、子どもは生き延びていくことができるのです。
虐待を受けた子どもに対する支援では、養育関係を考慮し、虐待を行っている親と子の調整が重要であると述べられました。支援の基本的視点が、虐待問題に対応していく上で重要になると指摘されました。
また、現在の地域での虐待支援は、「後追い型・摘発型」から、「予防型・支援型」へ移行していることが説明されました。これは、子ども虐待に至らないように支援を行う方法であり、予防的な取り組みが求められていることを示しています。
【子ども虐待_Child Abuse」】
子ども虐待は、大人による不当な権力行使や権利侵害であり、児童福祉法や児童虐待防止法によって禁止されていることが強調されました。また、体罰の禁止も法律に組み込まれるようになっているとのことです。
日本の民法において「懲戒権」という規定が設けられていることが紹介されました。
これは「親は子どもを懲戒できる」というものですが、民法の解説書を見ると、子どもに対して許される行為として「戸外に出す」など、現代の基準では虐待に該当するようなものが、親が懲戒権を行使する例として挙げられていることが指摘されました。
このような事例が虐待に該当しているとの指摘があるため、懲戒権の削除に向けて動いている現状が説明されました。
【どこからが子ども虐待?】
子ども虐待の判断基準は、親の意図に関係なく、子どもの立場から判断することが基本です。
親がどんな思いや意図を持っていても、子どもにとって親の行為が体や心を傷つけるようになっていれば、それが子ども虐待になります。子どもは親の所有物ではなく、一人の人間として見られるべきですが、残念ながら、心理学の研究から、子どもを所有物として捉える傾向のある親は虐待する可能性が高いことがわかっているそうです。
子どもを一人の人間として見ること、親の付属物や大人と同じ権利を持っているという意識を社会全体が持つことが、虐待防止につながると説明されました。
また、日本の心中事件が子どもの虐待死に含まれることに触れられました。
大人と子どもの権利は同等であり、子ども固有の権利もあることが強調されました。暴力だけでなく、子どもが必要とするケアを大人がしない、成長発達に必要なケアをしないという場合も、子どもの権利を侵害していることになります。
法的な定義では、一度でも暴力をふるうと児童虐待になりますが、判断基準は難しいものがあると指摘されました。
【判断の難しさ】
子ども虐待と親子関係の複雑性について説明されました。
虐待は子どもの立場から判断されるものであり、親の意図は関係ないと指摘されました。
しかし、「しつけ」「不適切な養育」「子ども虐待」「犯罪」は一連の連続性があり、親子関係はその場限りで形成されるものではないと説明されました。
不適切な関わりが親子の間に存在しても、同時に良い関わりが存在することもあると述べられました。例えば、親がストレスにさらされて子どもに対して不適切な言動をした場合、その場面だけを切り取ると子どもの心を傷つけることになります。しかし、その後親が反省し、子どもに対して謝罪や気持ちを思いやる対応をすれば、子どもが受けた傷つきが軽くなったり、親子の信頼関係が高まったりする可能性もあります。
このように、一つの場面だけを切り取って虐待の可否を判断するのは難しいと指摘されました。
【「しつけ」と虐待】
地域の虐待ケースでは、「これは虐待ではなく、子どものことを思ってやっている『しつけ』だ」という主張がよく聞かれるといいます。
しかし、「しつけ」と虐待の混同は、虐待が起こる重要な要因の一つであることが説明され、死亡事例の加害動機の2位には、「しつけ」の名目で子どもが亡くなってしまう事例が挙げられ、適切な「しつけ」の方法について学ぶ必要があると提案されました。
アメリカでは、体罰が子どもの成長や発達に悪影響を与えることが科学的に明らかになっていると言われています。そのため、暴力、暴言、威圧のような行為は子どもにとって悪影響しかないと結論付けられました。
一方で、特に日本では具体的な「しつけ」の方法が普及していないことが課題であるとの指摘もありました。
虐待につながる体罰や心理的威圧に代わる、具体的な子どもへの関わり方が子育てをしている家庭や社会的養護の養育環境に広がることが求められていると述べられました。
講演内容②養育不調の中で育つ子ども
【虐待を受けた子どもの年齢による症状の推移】
虐待による心理的被害は、大きく分けて2つに分類されます。
一つ目は、養育者との間のアタッチメント形成がうまくいかず、不安定なアタッチメントになること。
二つ目は、虐待行為によってトラウマを受けることで、子どもが様々な問題行動や心理的被害を受けることです。
症状の推移によると、幼児期には反応性愛着障害が現れ、落ち着きがなくなったり、対人関係が不安定で試し行動が出てくることが指摘されました。
児童期になると、多動性の行動障害が顕著になります。そして、何もケアがされないまま成長すると、解離症状を示したり、PTSDになったり、非行などの問題が生じることが説明されました。これは、虐待された子どもがケアされない場合に辿る一つの道筋であるとされています。
【子どもに現れやすい行動や特徴】
アタッチメントやトラウマの問題から現れる子どもの症状や行動について説明されました。以下に、子どもが示す可能性のある行動や特徴をまとめます。
1.乱暴・暴力的
虐待された子どもは、自分の感情を適切に表現できず、乱暴な行動や暴力的な態度をとることがあります。
2.暴言を吐く・攻撃的
言葉による暴力も現れることがあり、攻撃的な言動をとることがあります。
3.トラウマによる過覚醒による多動
トラウマを受けた子どもは過覚醒状態に陥り、多動的な行動を示すことがあります。
4.アタッチメントが不安定であることからくる多動
不安定なアタッチメント形成が原因で、子どもが多動的な行動をとることがあります。
5.力による支配・被支配の人間関係の形成
虐待された子どもは、支配・被支配の関係を繰り返すことで、自分の存在や安全を確認しようとすることがあります。
【虐待を受けた子どもの心理的被害】
不安定なアタッチメントとトラウマが、子どもの心に悪影響を及ぼすことが述べられました。
子どもの心の守りが薄くなるという表現で、その影響が示されています。
アタッチメント
子どもの安心を守る仕組みで、養育者にくっつくことで安心感や生存可能性を高めます。虐待状況では、養育者が子どもの不安や危機を解消できず、不安定なアタッチメントが形成されます。
トラウマ
虐待による暴力や暴言は、子どもに恐怖や危機を感じさせ、トラウマを引き起こします。
これらの心理的被害により、「こころの守り」が薄い子どもになってしまいます。
これは、子どもが自分の心を守る能力が弱くなることを意味し、さまざまな問題行動や心理的な苦痛を引き起こす可能性があります。
【行動の背景にある心理的課題】
不安定なアタッチメントやトラウマから、子どもの心理的状況が悪化し、様々な課題が生じることが述べられました。以下に、その主な課題をまとめます。
1.基本的信頼感、安心感の不足
子どもは自分の力で対処しなければならないと感じ、力による支配を行うようになります。
2.低い自己評価、自己肯定感
乱暴な行為や引きこもりなど、自信のなさにつながります。
3.感情のコントロール、調節不全
感情を他者と共有する経験が乏しく、感情をコントロールすることができなくなります。
4.易刺激性(過覚醒)
不安定なアタッチメントとトラウマによって、警戒脳になり、刺激に対して敏感になります。
5.否定的な内的ワーキングモデル(非機能的認知)
養育者から否定的なことを言われ続けることで、否定的な内的ワーキングモデルが形成され、否定的な予測が立てられるようになります。
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(事例)否定的な内的ワーキングモデルを持つ小学生
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虐待受けてきた小学生が、自分というのはダメな子で、他人は自分のことをわかってくれなくて、自分につらく当たるんだというワーキングモデル、非機能的認知が作られています。
学校で担任の先生の授業を受けている時に、先生がその子のノートについて間違いを指摘したとします。
「〇〇君、ここ違うよ」と先生が声をかけた時、この子にとっては言葉の通りに受けとらえることができず、
「自分はバカで、先生は自分のことをバカと言った。こんなことも間違えるなんてダメだ」というように受け止めてしまいます。
先生はそんなつもりは全くありません。
「自分はダメな子で、他人は厳しいものだ」というワーキングモデルが形成されていると、
否定的になり、その子は泣いてしまったり、あるいは教室を飛び出したり、キレてしまったり、ということが起こってしまうのです。
そのため、自分や他人に対して見方の枠組みをもっているかで、様々な不適切な行動が起きてきます。
逆に肯定的ワーキングモデルをもっている子は、「人というのは親切な存在だ」と思えることで、先生の指摘に対して「教えてくれて、ありがとう」と思えるわけです。
そして「自分はやればできる子」と思えるがゆえに、頑張れるのです。
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【アタッチメント形成の流れと子どもの行動】
アタッチメントは、子どもの不安や危機を回避・緩和し、基本的な信頼感や安心感を築く上で重要な役割を果たしています。
アタッチメント形成の流れ
不安・危機がある状況で、アタッチメント対象との接触を通じて不安や危機が回避・緩和され、アタッチメントが形成されます。これにより、内的ワーキングモデルが作られ、未来への予測が可能になります。
アタッチメントと子どもの行動
特定の他者への近接を通じて「安心感」が回復・維持され、保護してもらえるという確かな「見通し」ができることで、内的ワーキングモデルが形成されます。このワーキングモデルに基づいて、「適応的行動」や「不適応行動」が生じます。
肯定的なワーキングモデルを持つ子どもは、適応的行動を取ることが多く、否定的なワーキングモデルを持つ子どもは、不適応行動や問題行動をとることが多くなります。
【トラウマの発症率と有病率、反応、および子どものトラウマの現れ方について 】
トラウマの発症率と有病率
子ども虐待によるPTSDの発症率は約30%であり、性的虐待では約60%の子どもがPTSDを発症することが日本の調査でわかっています。
トラウマ反応
トラウマ反応には、再体験(侵入)症状、回避・麻痺症状、過覚醒症状の主要3症状があります。これらの症状が長く続くことで、物事の考え方が否定的になります。
子どものトラウマの現れ方
子どものトラウマは非常にわかりにくいとされており、行動の問題、感情の問題、遊びにトラウマが現れることがあります。
子どものトラウマ症状はわかりにくい
例えば、解離を起こしているのに、ぼんやりしていると周囲が認識してしまったり、フラッシュバックを起こしていても、子どもの場合はわかりにくいのです。
講演内容③養育不調を経験した子どもを養育する
虐待を受けた子どもやアタッチメントやトラウマの問題を抱えた子どもにどのように接し、養育すべきかについて説明されました。
【虐待的養育(力による養育)は効果がない】
体罰や大声による威嚇は子どもの養育において不適切です。
子どもがダダをこねていたときに、「そんなことやっていたら、お母さん知らないよ」といった行動も不適切な養育にあたるといいます。
これは子どもに対する脅しです。
これにより言うことをきかせようとすることが、まだまだ一般家庭で行われていることだと指摘されました。
【泣いちゃダメ!の弊害】
昔は、よく「男の子が泣くのはおかしい」ということが言われていました。
子どもの「泣き」を制限する行動はあまり適切ではないといいます。
泣くというのは、子どもが自分でコントロールすることができない、抱えられない「負情動」を表現していて、これを禁止するということは、子どもが耐えることができないことに、「耐えなさい!」といっていることと同樣だそうです。ですので、負情動と身体感覚を否定すると、過覚醒反応が生じます。そのため、泣いている時に子どもにすることは、安心させることになります。
また安全が得られなければ解離反応に転じます。そのため、「泣き」は禁止せず、しっかりと身体的及び心理的安心を与えることで、ネガティブ感情の制御を行うことが大切です。
【「しつけ」とは】
「しつけ」というのは、どんなものかと考えれば、「他律から自律へ内面化するプロセス」です。人から言われてやれる、というのは「しつけ」られているわけではありません。
人が見てなくても、例えばゴミをゴミ箱に捨てる、ということができれば、それは「しつけ」られているということです。よく「しつけ」られているというのは、行動規範や様々な考え方を自分のものとして内面化していることになります。
「大人(他者)のいうことを聞く」ということの背景を考えると、特に親子の間で、親に言われて怖いから、親の言うこと聞くのではなく、親が大好きで褒められるとうれしいから、その親が「良い」といっていることは、良いことであると理解するようになります。
そして親に褒められると自分を誇らしく思えるようになると、大人が言うことについての「しつけ」ができるようになるのです。そう考えると「しつけ」の根底・背景には、親と子の「大好き」という、安定したアタッチメント関係、信頼関係が良質に築くことにあると思います。最終的な「しつけ」の目的は、「子どもが自分自身で自分の感情と行動をコントロールすることができるようになることが目的」になります。
【子どものしつけのプロセス】
スタートは子どもと養育者の安定したアタッチメント関係であり、子どもの不快感情や心理的緊張が表出すると、養育者は子どもの内面を受け入れることが大切であると述べられています。
その後、子どもの不快感情や心理的緊張が緩和され、子どもが安心することで、養育者と子どもがつながることができるようになるといいます。
そして最後に、言い聞かせたり考えさせたりするなど、対話することができるようになり、「しつけ」ができるようになっていくと説明されています。
このプロセスには、子どもと養育者のアタッチメント関係の重要性が強調されています。
子どもが養育者との信頼関係を築き、内面を受け入れられることで、子どもの不快感情や心理的緊張が緩和され、子どもが安心することができるようになります。
そして、子どもが安心することで、養育者との対話や言い聞かせが可能になっていくという流れが示されています。このプロセスを通して、「しつけ」ができるようになっていくことが説明されています。しかし、このプロセスは養育者と子どもの信頼関係が築かれている場合にのみ機能することが示唆されています。養育者が子どもの内面を受け入れることや、子どもの不快感情や心理的緊張を緩和することは、養育者の優れたスキルや資質が必要であると考えられます。
また、このプロセスが適切に機能しない場合、子どもの行動や感情問題が悪化する可能性があるため、専門家の支援を受けることが必要とされます。
【かんしゃくへの対応は子どものこころと体を育てるチャンス!】
子どもが泣いている、といった「かんしゃく」を起こしているときは子どものこころと体を育てるチャンスになるといいます。
かんしゃくを起こしている子どもは、自分の気持ちを自分で制御することができず、気持ちの崩れを経験している状態になります。その子どものニーズは、「落ち着かせて欲しい」「安心させて欲しい」というアタッチメント欲求をかんしゃく(困った行動)で示しているのだそうです。
養育者が子どもの負情動を制御する手助けをすることが大切で、そこで子どもに考えさせたりすることはできないのです。
だからまずは気持ちを落ち着かせる、安心させるということが大事で、そうやって気持ちを一緒に抱えてあげるというのは、子どもが自分自身の感情をコントロールするために必要になります。
【かんしゃくへの対応方法】
・落ち着く時間を与える
かんしゃくを起こしている子どもに対して、まずは落ち着く時間を与えましょう。静かな場所に移動させたり、子どもが好きなアイテムを手渡すことで、気持ちを落ち着かせることができます。
・感情を受け止める
子どもの気持ちに寄り添い、感情を受け止めましょう。子どもが泣いたり怒ったりする理由をしっかりと聞き取り、その感情に共感することが大切です。
・ゆっくりと話をする
子どもが落ち着いたら、ゆっくりと話をしましょう。子ども自身が自分の気持ちを整理する時間を与えることが大切です。養育者が子どもの話をしっかりと聞くことで、子どもの気持ちを受け止めることができます。
・解決策を一緒に考える
子どもの話をしっかりと聞いたら、一緒に解決策を考えましょう。子ども自身が解決策を考えることで、自分自身の感情をコントロールする方法を身につけることができます。
・肯定的な言葉をかける
かんしゃくを起こしている子どもには、肯定的な言葉をかけましょう。子ども自身が自分の感情をコントロールすることができた場合には、褒め言葉をかけることが大切です。
【アタッチメントの視点からの養育】
不安定なアタッチメントを過去に養育者と形成している子どもに対しては、まず身体的ケアが必要であり、抱っこやスキンシップを通して、安心感を与えることが大切です。
また、子どもの予測性を育むことも重要であり、見通しをもてる生活を提供することで、子どもの心の安定を促します。子どものニーズに応え、感情を調節することも基本的なアプローチであり、子どもが安心して成長できる環境を整える必要があります。また、かんしゃくを起こしているなどネガティブな感情を持っている子どもに対しては、養育者とのアタッチメントを形成するために、しっかりと関わり、安心を体験させることが重要です。感情の共有体験も、子どもの感情を正しく把握して共有することがアタッチメントの視点で大切であり、子どもと共に感情を共有することが重要であることが強調されました。
【トラウマに気づく重要性】
トラウマというものはわかりにくく、子どもの問題行動や性格として養育者がとらえているものの中に、「トラウマの症状なのではないか?」という観点から子どもの行動をとらえ直す、見直すということが必要です。
【トラウマの観点からの問題行動への対処】
例えば、一般的な対処としては、「反省したら直る」「正しい行動を学習すれば、直せる」と思って、叱る、言い聞かせる、突き放す、1人で考えさせるということをさせます。
しかし、子どもの問題行動がトラウマ反応だとすると、叱る、言い聞かせる、突き放す、1人で考えさせることは適切ではないどころか、さらにトラウマを与える関わりになり兼ねないと指摘します。
例えば、認知の歪みがあって相手の表情をうまく読み取れなくなっている、出来事のとらえ方が事実と異なっている状態だとすると、その子どもがどう体験しているのか、なぜその行動を起こしているのか、ということを理解するのが、必要になっていきます。ですから「どうしたの?、あなたの中で何が起きているの?」というような関わりが必要になります。
【よくある子どもの問題行動への対処も・・・】
例えばトラウマ反応として、落ち着きのなさ、過覚醒状態、過敏という行動が起きている時に、大きな声で注意すると、ますます子どもを興奮させることになります。
これは適切な対処ではありません。
むしろ落ち着きのない子を見て、大きな声で「何しているの?!」というのではなく、
近くに行ってそっと穏やかな声で「どうしたの?」というように関わることが適切だといえます。
トラウマ反応として暴言があったときに、たしなめるとか叱るといったことをすると、
それはトラウマを受けたことの再現になるわけです。子どもは再トラウマを受けている可能性があります。あるいはかんしゃくやパニックを起こしているとき、
「何を言っても無駄だからこの子を放っておこう」
「部屋で、一人で考えてなさい」
と対処すると、トラウマによるかんしゃくやパニックならば、ネグレクト場面を再現したり、自分で耐えることができない感情で、ずっと一人にされていた子どもにすると、一人でいることを強いられるのは、トラウマを受けた場面を再現することになります。
そうすると耐えることができなくて、解離反応が起こるかもしれません。
子どもの問題行動が「なぜ起きてきているのか」について、養育者が見誤る、不適切な対処をしてしまう可能性があるわけです。
【トラウマの影響を受けた子どもへの支援は”わかろう”とすること】
トラウマの影響を受けた子どもへの支援は”わかろう”とすることが大事です。
”正そう”とするのではなくて、"わかろう"とすることです。
子どもの中で「何がおきているのだろう?」「どうしたの?」というような問いかけをして、養育者が理解したことを子どもと共有する、という関わり方が必要になります。
支援者はトラウマに気づいて、子どもが自分に起きていることを理解することを助け、
そして子ども自身が自分に何が起きているのか、自分の状態に気づき、その問題を解決することに一緒に取り組む、という姿勢が養育者には求められることになります。
参加者からいただいた質問
施設養護から里親委託に移行している中での委託者や子どもにとっての困難や危険性等(子育て支援グループ)
加藤氏
社会的養護のお子さんを里親さんのところで基本的に養育する方向で進んでいますが、
その中で何が起こるかというと、施設側でいうと支援ニーズが高い、専門的支援が必要なお子さんの入所が集約されていくだろうと言えます。
施設の中ではより専門的な支援が必要になっていく一方で、
里親さんのところで養育されるお子さんも困難を抱えていると思います。
それに伴って、今日の講演会のように、里親さんへのケアが必要です。
また地域の中での支援を提供していく仕組みがもっともっと必要かと思います。
相澤氏
おっしゃる通りだと思います。あともう一つには、里親さんの数が少ないので、今いる里親さんに複数養育を児童相談所からお願いすることが出てくると思います。そうした時に社会的なサポートが大切になってきます。複数養育の依頼があったときは冷静に判断してください。受け入れる場合、断る場合とはっきり児童相談所にお伝えしてください。
岩朝
里親からすると、もし断ったら、この子は施設に行くのかと思い、無理してでも受け入れる里親さんもいるかと思います。
相澤氏
無理して受け入れると、加藤先生のお話しであったように、トラウマに対する適切なアプローチがうまく取れなくなる場合が出てきます。1人の子どもの養育をして、安定した状況になっているとき、2人目の子がくると、また不安になる場合もあります。揺れたりします。
加藤先生
虐待もそうなんですけど、養育のいろいろな研究をみていると、養育者のストレスが不適切な子どもへの関わりに影響する要因と考えられています。養育者側が健康で、ゆとりがあって無理をしない状況が作られているというのはとても大事だと言えます。
岩朝
逆に言うと、施設にその子が行ったらどうなりますか。
加藤先生
一括りにどうなるかを言えません。というのも、一つは施設による差があります。東京の場合、施設の小規模化が、進んでいますし、職員配置も上がってきているので、きっちりとした施設ですと、子どもの問題行動やその成長・発達をみても、施設に入ったために不幸な結果になるとは限りません。
岩朝
施設では、一人一人のトラウマに気づくことはできるのでしょうか。環境的に里親さんの家庭の方が不安・症状を出しやすいように思うのですが。
加藤先生
どっちが良いかは言いにくく、施設でもトラウマに気づく先生はおられます。施設の場合はチームで養育をしていますので、気づける体制になっているところもあります。子どもの生育歴から今の問題行動の原因を考えたり、心理職もいますし、東京の場合は精神科医の先生も月に何度か施設にくることがありますので、気になっている子に対してアプローチができるようになっています。 また、定期的に子どものためのカンファレンスをやっていて、必要な子には施設の中で心理治療を行う場合もあります。施設の外で、カウンセリングや治療を受ける場合もあります。
岩朝
里親さんにもチームで養育がしたいですね。現状は個々で考えるしかないため、夫婦だけで解決しきれないです。やはり里親さんは外部の人とつながって、色々な知見を得ているほうが良いですね。
相澤氏
『個人的養育から社会的養育へ』と言われるようになったのは、里親さんだけで養育のするのではなくて、社会資源も含め、安心して養育できるようなチーム、ネットワークを作って、やっていくことが大事です。里親さん自身が頼る先を持ち、安定して養育することが子どもに安心感をもたらすことになります。
虐待を受けた子どもを里親として養育するには、両親がそろっているべきか?
加藤先生
子どもの養育とは、『形』ではなく『機能』だと思います。今日はアタッチメントの話をしましたけれど、そういう機能を果たすことができれば、一人親であっても構わないです。 ただし、養育者の人数が少なければ少ないほど、養育負担は増加していきます。
虐待を受けた子ども、特にネグレクトをされていた子どもを受け入れる前に里親家庭で準備していくこと、また里親家庭への委託初期段階で里親さんや支援者が注意しておく点は何でしょうか?
加藤先生
特に準備をしておくことはないです。基本的な生活習慣が整っているいる家庭では、ネグレクトを受けた子どもに限らず、すべてのお子さんにとって大事なことだろうと思います。 あと地域でネグレクトを受けているお子さんを見ていると、私たちが当たり前だと思っている生活習慣、生活の流れが構造化されて、経験できていない場合が多いです。 そのため、当たり前のことを知らない子どもに驚き過ぎないのが必要かと思います。
岩朝
私が里親として受け入れた時、もっと知っておきたかったことは、被虐待児の特徴です。一般の子どもの保育には関わったことがあるのですが、虐待を受けた子どもがきたときは、その特徴に驚きました。例えば、ネグレクトだと、その年相応の言語能力がないとか、想定していなかったので、やってきて初めて知ることになりました。事前に知れば、最初の戸惑いと疲弊していた時間が少なくて済んだかも知れません。先生が「『治そう』とするのではなく『わかろう』とする」とおっしゃっていたのはよくわかります。
加藤先生
科学的に子どもとどのように関わるべきなのか、だいたいわかってきています。 その中では、子どもを「しかる」ということは、ないのです。子どもを育てるのに、子どもを「しかる」必要はなくて、むしろ「しかる」という行為は、やらない方がいいということがわかっています。日本の課題かと思いますが、子どもを「しかる」という行為が、子どもを育てる上でやらなくてはいけないことと、世間一般では思われているようです。不適切な行動に対して「しかる」必要なないですし、しかってもあまり良いことはないです。説明するとか、話すとか、その前に「聞く」がくるのですが、どうして子どもがその行動をとっているのか、親が考え、子どもと一緒に考え、どうすればよいかをやり取りする必要があります。 「しかる」ことは、悪い状況をさらにエスカレートし、一方で子どもを委縮させて、力による制圧という構造になります。そのため、世の中全体で、子育ての考えをあらためる必要が出てくるかと思います。
相澤氏
どうしても、コントロールしたくなってしまうのです。でもコントロールしたくても、できないことを知っておくことが大切です。虐待された子どもが、過酷な環境下で適応してきた結果、里親さんの家庭に来て示す行動ですから、里親さんが理解するとともに、安心・安全な環境であることを子どもに伝わるように忍耐強くやっていかないといけません。
生命危機の状況でも「しかる」必要はないのでしょうか?
加藤先生
危険が及んでいる場合、自傷行為も含めて、行為自体は止める必要があります。 しかし「しかる」必要はないですし、「しかる」とむしろ行動がエスカレートするか、 「しから」れるダメージが大きくなる場合もあります。「しかる」ことによって行動を抑止するということは、基本的にはできないですし、もし阻止できたとしても、別の害を及ぼす可能性があります。 特にリストカットしているお子さんは心の痛みを体の痛みに置き換えていますので、 「しかる」というのは逆効果になります。
虐待を受けた子どもの心のケアができる専門家が少ないです。 その中で里親はここだけはおさえておくポイントはなんでしょうか?
加藤先生
私は、虐待を受けた子どもの心のケアができる専門家はそれほど少ないとは思っていません。東京に住んでいるから、かと思いますが、大学の心理臨床センターでも、虐待を受けた子どものケアというのは、行われています。虐待を専門にしているクリニックもあります。またお金は必要になりますが、開業の心理士さんもいらっしゃいます。ただ、アクセスの面で課題を抱えているのかも知れません。その中で、里親がこれだけはおさえておくべきポイントは何かといいますと、たくさんありすぎて、どの観点からお話しすればよいのかわからないですが、里親さん自身で何ができるのかを考えると、どういう治療や支援を受けられるのか、その情報を持っておくのは必要なことです。 また家庭の中でできるケアについて、今日お話ししました心の傷について、養育者とのアタッチメントが形成されていないこと、そしてトラウマを抱えているということを、 理解することで、子どもに対して里親さんが適切に対処することが求められます。
相澤氏
内的ワーキングモデルを変えていく養育や、そのアプローチをお話ししていただければと思います。
加藤先生
内的ワーキングモデルは、アタッチメントの文脈から使うことはありますし、トラウマからすると、非機能的認知という言い方をします。結局、物事の見方(枠組み)なのです。どちらも同じもので、物事の見方がどうなっているのかを理解して、どう変えていくのか、 ということになります。その物事の見方について、自分に対する認識(「私は頑張ればできる子」)、人(他者)に対する認識(「人は厳しい」「人は優しい」)、 そしてこの世の中に対する認識(「この世の中、生きやすい」「この世の中、助けてもらえやすい」)、こういった認識の枠組みがあるのですが、子どもがどういった認識の枠組みをもっているのかということを、大人が理解できるところが入口になります。 子どもの行動だけを見て、子どものことが理解できない状況にあったとしても、 この子の行動やきっかけから、どのように物事をとらえているのかを理解しようとすることです。そして考えたことを子どもと共有するというのが次のステップです。 子どもは自分から語れないことが多いです。こっちが気持ちをわかろうとし、子どもの認識を明らかにし、共有することを行います。やりとりすることで、子ども自身が自分の傾向を知ることができます。さらに認識の枠組みを周りの大人に受け止めることにより、 子どもが自分の見方を変えていくことができるようになります。 そのため、まずは子どもにとって自分自身とは、他人とは、世の中とは、を大人が理解することです。そして受け止めた特徴みたいなものを、大人が理解し、わかったことを子どもと共有するやりとりをします。こういった関わりが、子どもが自身の内的ワーキングモデルを 変えるための入口になります。
相澤氏
一方的に子どもを理解するのではなく、子どもが里親さんから理解されている感じをもてるようにしなくてはいけません。私も子どもを養育していた時は、「私は君のことを理解できているかな?」と私の方から聞いていました。そういう風に確認してあげるというのもすごく大事で、子どもに「大切にしてもらっているなあ」と感じてもらえるようにしていました。
加藤先生
相澤先生のおっしゃっている通りで、自分の感じていること、自分の考えていることを、 特に子どもは自分自身でわかっていないことが多いです。だから、こちらから見た様子を本人に投げかけて、「どうなの?」といったように問いかけをしてみるのも必要です。 そうすることによって、子どもは自分自身の気持ちに気づいて、考えていくことができるようになります。一人だと考えられないのですが、人と一緒に自分の状態を考えることが大事です。
自己アピールができない、自分のやりたいことはやるけれど、やりたくないことからは逃げてしまう。「やる気がない」と周囲から思われてしまう。将来自分のやりかたを状況に応じて変えられなかったり、周囲に流されて、自分の得意分野をいかすことができないかもしれず、心配です。本人任せにすると、お門違いの行動を取ってしまうので、つい口出しをして衝突してしまう。このような子どもに里親として、どのように接していけばよいか? 私が子どものことを理解できず、つい口出ししてしまいます。そして衝突してしまいます。 結局、大声で叱ることになります。理解する方法がわかりません。
加藤先生
お勉強できるお子さんとも書いてあって、やらなければならないことをできる能力があるお子さんだと思います。具体的なご相談に関して、やはり対話しながら、いろいろお聞きしないと的外れな答えになるかもしれません。ただ、今聞いた範囲でお答えすると、 基本的な子どもへの対応という点で考えると、まずは問いかけることです。知ろうとすることです。 命令に対して、子ども反発するかもしれませんので、「あなたはどう思っているのか?」などの相手の考えや相手の気持ちを、こちらが知ろうすることが大事です。 もちろん子どもが「知らない」「別に」と言って答えたがらないこともあります。 そうしたら「今は話したくないんだね。私から見たら○○のように思うよ」と言って、 養育者側から想像しながら、子どものことを知ろうとする姿勢でいることです。
相澤氏
思春期だと、面と向かって話をするのは難しいかもしれません。メモみたいなものを置いておくのも一つの方法だと思います。
かんしゃくを起こしているとき、一人にさせることがあります。これは見放していることになるのでしょうか?
加藤先生
これも程度の問題で、心が落ち着いていて、しっかりと養育されていて、養育者との間のアタッチメント関係が安定していて、安心の層が厚いお子さんの場合には、少しくらい一人にしても問題ないと思います。でも、ネグレクトをされてきて、自分の感情を他者に受け止めてもらう経験が少ない子どものニーズを考えたとき、自分の気持ちを一人で回復させる、コントロールするのではなく、人との関わりの中で自分気持ちが落ち着いたという体験が、 その子には必要になります。 関われる限りは関わって、気持ちをなだめるとか、落ち着けるというのが、基本的には正解だと言えます。ただ、かんしゃくだとか、キレ方がひどくて、対応しきれず、危ない状況の時には、致し方なく、少し一人にすることはあるかと思います。一人のときに解離して、気持ちを切り替えてしまうこともありますので、出来る限りは、一緒にいながら気持ちがおさまったという経験を作っていくことが、必要だと思います。
岩朝
包丁を持ち出ししまうことがあったお子さんの場合、どのように対処すればよいでしょうか?
加藤先生
包丁を持ち出す以前のやりとりによって対応が変わります。
岩朝
もともとのきっかけは些細なことで、妹もいるようなんですけれど、妹の夕食のリクエストばかり受け入れられ、自分のリクエストが聞いてくれない、ということから始まったようです。やりとりするのですが、かんしゃくが始まって、暴れだして「やめなさい」と言っていたら、包丁を持ち出しというケースです。
加藤先生
里親さんのケースに関して詳しくないのですが、施設のケースに置き換えてお話しします。 施設の職員さんから子どもが包丁を持ち出したと相談を受けたら、その前のやりとりを聞く中で、他の子の言うことばかりを聞いて、自分の希望を聞いてくれないと子ども言っていたとします。一方で、職員が「君の意見も聞いているよ」と答えても、気持ちに寄り添っていないのです。 自分の希望を聞いてくれない、自分は後回しにされているという気持ちなること、つまり事実がどうかではなく、気持ちになっていることに焦点を当てて、「そういう風に思っていたら嫌だよね」というように、子どもと話し合った方がいいですね。 子どもに「あなたの認識がおかしいよね」「あなたの不満が変だよね」と言うことは、子どもの気持ちを突き放すことになります。 突き放されたら、腹も立つし、大事にされていない気持ちにもなりますし、ますます嫌な気持ちになります。だから包丁を握りしめるまでのプロセスの中で、子どもが嫌な気持ちになったり、怒ったり、もっと言わないとわかってもらえない気持ちになるところがあると思います。
岩朝
トリガーを見つけるということですか?
加藤先生
トリガーというより、基本的な子どもに対する態度とか姿勢になると思います。
理解してもらえていないということ、わかってもらえてないという気持ちを抱えて、言葉ではどうにもならないと思い、子どもは行動に出てしまったというケースも多くあります。 子どもが言語表現している間に、気持ちについて理解を深めていくことが大事だと思います。行動化してしまうのは、言語ではコミュニケーションが取れなくなったということを物語っています。そこをちゃんと理解することが大切です。
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