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今回の講演者
伊藤 嘉余子 氏
大阪公立大学 現代システム科学研究科 教授
講演内容① 子どもの権利擁護を担う「里親」
伊藤氏は大阪の公立大学で教員をしており、社会的な用語の専門調査研究や社会的な活動に携わっています。そして伊藤氏自身も養育里親として堺市に登録しており、今年の4月から6年目となりますが、実際の養育期間は5年と少しだそうです。
これまでに委託された子どもたちは、一時保護を含めて合計14人。
そのうち短期的な養育が多く、1年以上一緒に暮らした子はたった2人で、他の子たちは半年だけ、あるいは1週間といった短い期間の一時保護委託が主でした。
伊藤氏は研究者として、社会的な養護に関する研究を施設や里親について行っています。
実際にイギリスのグラスゴー大学で客員研究員を務めたこともあり、イギリスの研究にも取り組んでいます。「しかし、イギリスの文献を執筆したことはなく、不思議なことに訪れたことのないアメリカの本をなぜか出版しているという経歴になっています。少々わかりにくい経歴かもしれませんが」とおっしゃっていました。
その他、ONE LOVEオンライン里親会を運営している日本こども支援協会の理事を務める傍ら、いくつかのNPOの理事も務めておられます。
その中のひとつNPO法人子どもデザイン教室について紹介してくださいました。
NPO法人子どもデザイン教室は児童養護施設や里親家庭の子どもたち、社会的養護の子どもたちに対して、無料でデザインを教える教室を運営しています。ただし、デザインとは絵を描くだけではなく、伊藤氏と国語の藤井先生、建築家である井上先生という3人のチームで、コミュニケーションデザインという活動を行っているそうです。
コミュニケーションデザインは、特に子どもに関わる場合はセルフアドボカシーと呼ばれています。
子どもたちが自分の意見が聞かれる仕組みを作ることが、今の子ども基本法でも求められています。しかしながら、子どもたちが意見を述べるためには、日頃から自分の意見が聞かれている状況や、子どもの声が届いている状況、そして自己主張できる力が必要です。
里親家庭の子どもや施設の子どもたちも同様であり、これまでの生活では意見を十分に聞かれてこなかった子どもたちが多いため、自己主張や本当の気持ちを話すことが苦手な子が多いのです。そのため、里親家庭や施設の子どもたちには、自分の気持ちをうまく伝えるためのコミュニケーションレッスンを行っています。
デザイン国語については、ウェブサイトなどで、これまでのレッスン内容や使用している教材などが閲覧できますので、興味のある方はぜひご覧ください。
■デザイン国語
https://www.designkokugo.com/
【子どもの権利擁護を担う「里親」】
里親制度とは、子どもたちのための制度です。特に子どもの様々な権利を守るための「子どもの権利擁護」という役割を担うのが里親だ、という理解が必要であると考えます。
したがって、里親が自由にやりたいことを行うというよりも、保護されていない子どもたちの権利をどのように保障していくかという視点で里親活動を行うことが重要となります。
しかし、里親の元にやってくる子どもたちは、すでにその権利が侵害されている状況にあるのです。親と育つ権利、親と共に暮らす権利、健やかに育つ権利、親から愛される権利、保護される権利といった多くの権利が侵害され、家庭を離れ、里親のもとに来る必要が生じてしまった子どもたちは、すでに傷ついた状態でやって来るのです。
伊藤氏は、この事実を理解する必要があるといいます。
また、里親の家庭に来てからは、子どもたちは試行錯誤を繰り返したり、里親に対して反抗的な態度をとったりします。伊藤氏は「われわれも日々、そのような子どもたちと向き合い、葛藤することが多いと思います。しかし、彼ら子どもたちはかつて被害者だったのです。親から虐待を受けていたり、学校で排除されていたりした経験を持つ子どもたちです。かつて被害に遭っていた時期には、十分に愛されたり、ケアされたり、注目されたりすることがなかった子どもたちは、何か悪いことをすると急に注意されるという状況に反発し、更に問題行動を増やしていくことがあります。そこで“この子どもたちは被害者だったのだ”という視点を持つことが重要であると考えます」といいます。彼らはみんな、それぞれ傷つき体験を持っているのです。
さらに、伊藤氏が気をつけるべきことの一つとして挙げたのが、不適切な養育や不適切な環境で生活してきた子どもたちに対しては、「里親家庭に来ることが喜びであるとは限らない」という事実です。
伊藤氏は、子どもたちが里親家庭に来ても安心感を持てるようにするための工夫や支援が重要だと考えていますが、しかし、最初から大喜びで里親家庭に来る子どもは少ないのが事実です。
そのため、最初のスタートダッシュ、つまり一緒に生活を開始する際の工夫や支援が大事です。里親制度のインパクトや里親のあり方を考慮すると、子どもの心や身体の境界を尊重することも大切です。
例えば、不適切な養育を受けていた子どもたちに対して、児童相談所が介入し、保護し、実親との生活より安心安全な生活へと導くために里親制度や施設への入所が提供されます。
そのプロセスにおいて、「一時保護ができてよかった」「里親に委託できてよかった」というようなポジティブな感覚を持つことがあります。しかし、それは必ずしも子どもにとってはポジティブなものではないかもしれません。
子どもたちは自分の親や家族、地域から離れるという喪失感を伴う体験をしなければならず、これが新たな心の傷となることもあります。虐待により既に傷ついていた子どもたちが、家庭や地域から引き離されることで、再び傷つくことになるのです。そういった喪失に対するケアや配慮も、更に提供しなければならないサポートの一つと言えます。
親から虐待を受け、適切な食事を提供されず、生活が居心地の良いものでなかったとしても、子どもたちは「親が変わってくれたら良い」「親が食事を提供してくれるようになったら良い」などと願うことが多いといいます。
被害者である子どもが生活の場を変更しなければならない経験は、子どもにとって重大な喪失を伴うものですが、子どもたちはそれでも改善を望んでいます。
このような背景を考慮しながら、里親としての役割を果たし、子どもたちをサポートしていく必要があります。里親制度が子どもたちの権利擁護に貢献するためには、子どもの心や身体の境界を尊重し、彼らが安心して成長できる環境を提供することが重要です。
【サークルズプログラム】
北米で開発されたサークルズプログラムを紹介していただきました。
サークルズプログラムは、カナダやアメリカを中心によく使われる図だそうです。(資料7P参照)
サークルズプログラムで虐待を受けた経験のある子どもたちの人間関係や距離の概念を考えていきました。
人間の発達が中心から外側に向かって層が作られるとされています。紫の部分が自己のプライベートゾーンを表し、一緒に住んでいる家族が子どもを保護する役割を果たします。
家族との関係では、子どもが生まれた時点では紫の状態であり、家族は子どもを抱っこしたり、おむつを変えたりすることで接触を通じて信頼関係を築いていきます。
これがアタッチメントや愛着と呼ばれる関係です。その後は親戚や友人、学校など他の人との関係を築いていきます。
他者との関係では、真っ赤な他人から中心に向かって距離が近づいていくイメージがあります。関係性は、名前や顔を知り、一緒に遊んだりすることで愛着を作り、次第に社交性や社会性を育んでいきます。このように人間の健全な発達には、関係の築き方が重要です。
人との関係を築く際には、お互いの同意が必要で色を越境する際には、相手の同意が得られなければなりません。
関係性の進展には時間や共通の活動を通じた交流が必要であり、徐々に深い関係を築いていくことがあります。
この話は、社会的養護の子どもたちや里親家庭に当てはめると興味深いです。
子どもは紫の状態で生まれてきます。しかし、虐待を受けてきた子どもたちは、両親や祖父母といった信頼関係にある人たちによって、この紫の周りがギザギザの状態になっていきます。
児童相談所が判断して、保護する必要があると思われる場合、赤いゾーンの人を子どもの真横に連れてくることになります。子どもは顔も名前も知らない人が急に自分のそばに来られることに不安を感じるでしょうし、虐待やネグレクトを受けてきた子どもたちは、青いゾーンの人が自分を守ってくれる存在だという認識がないため、この新たな環境に対して反発や試し行動が現れることもあるでしょう。
里親は、子どもにとって最初は真っ赤な他人ですが、一緒に生活する姿勢を持つことが重要です。里親は子どもにとっては、最初は赤いゾーンにいる知らない顔も名前も知らない他人ですが、少しずつその生活を受け入れていき適応する選択肢しかありません。
ですから、里親は子どもに対して「ちょっとしんどいかもしれないけれど、これから一緒に生活しようね」といった姿勢を持つことが重要だといいます。そうしないと、心の距離や体の距離がなかなか縮まらないこともあると説明されました。
【里親に委託される子ども】
令和2年度の虐待相談件数は20万5000件であり、そのうち一時保護される子どもは約10%の約27,000人でした。一時保護されなかった子どもたちは地域での生活を続けており、親子が分かれるケースは1.7%の4348人でした。
この割合は年々あまり変化せず、虐待通告の2%ほどしか親子分離に至らないことがわかります。
その一部が里親の元にやってきたり、施設に入所する形で引き受けられています。
したがって、里親の方々は非常に困難な子どもたちを引き受けていることになります。一般的な関わり方や工夫ではうまくいかない場合もあるのです。
児童相談所はほとんどの場合、9割近くの子どもたちを自宅に帰すと判断し、在宅指導や要対協(要保護者対策協議会)でサポートするといった判断を下しています。
しかし、ごく一部の親子に対しては「これ以上は無理だ」と判断され、エース級の虐待や適切でない養育行動を受けた子どもたちは、里親が担当することになります。
このような子どもたちは、うまくいかないことや自分の子育て経験がほとんど役に立たないことを経験するのは当然です。そのため、サポートが必要です。
伊藤氏は「里親さんだけでは難しいので、フォスタリング機関や行政の支援が必要ですし、里親同士の支え合いも重要です」と述べました。
講演内容② 子どもの声をきくということ
里親として子どもとの生活を始める際に、子どもの声をどこまで聞くべきかという問題に焦点が当てられました。子どもの意見の尊重や子ども基本法の存在が強調されている現代社会において、里親も子どもの声を聞くことに緊張感を抱いており、一方で過剰に硬くなってしまうケースもあることが指摘されました。
子どもの声を聞くことは、子どもの言葉や態度をすべて受け入れることではないと説明されました。子どもの声を聞くことの重要性は強調されつつも、表面的な言葉や態度に振り回されすぎないことも重要とされました。子どもが「死ね」とか「うざい」と言ったり暴力を振るったりする態度にだけ反応しても、関係性は深まらず、子どもの本当の気持ちやニーズには辿り着けないと述べられました。
子どもの言葉や態度に対しては、その真意や背後にある思いを探るために質問や語り合いの時間を設けることが重要であり、それによって子どもの心の中にある思いや望みを言語化し、理解することができると説明されました。例えば、「死ね」と言われた場合でも、それが子どもの本当の意味ではなく、他の表現方法がないために使われていることがあります。そのため、子どもとのコミュニケーションにおいて、深く掘り下げるための質問や対話の技法が重要であり、子どもの本当の気持ちやニーズに寄り添うことが求められます。
講座を通じて、子どもとの心の境界線を越えるために、ただ聞くだけではなく、子どもの言葉や態度の背後にある意図や感情を理解するためのアプローチが重要であることが示されました。子どもの心の中に思っていることや望んでいることを引き出し、適切なサポートや対応を行うことで、子どもとの関係を深めることができます。
【「きく」の5段階】
伊藤氏らが行う「デザイン国語」の授業では、「きく」を5段階に分けて学習しているそうです。(資料9P参照)
よく言われるのが、「門がまええの聞く」ではなく「耳へんの傾聴する」ということですがそれだけでは十分ではないといいます。
「何がうざいの」とか「出てってほしい」など、どういうことなのかという質問をする「Ask(アスク)」の「訊く」が重要です。それはどういう意味なのか、また何があったのか、尋ねることで、理由やきっかけをきく「Ask(アスク)」をしているといいます。
ここに時間をかけずに済ませてしまうと、子どもとの関係は深まりません。
ですから、表面上の「うざい」「出ていけ」という言葉は一旦置いておいて、どういうことなのかと尋ねていきます。すると、子どもは自分の感情や嫌な出来事についてたくさん話してくれます。その後に効果のエフェクトが起こります。
どうやったら効果があるのか、どんなタイミングで話すと効果があるのかを、養育者が考えながら進めていきます。ここでは、自分自身に置き換えて考えます。子どもの立場に立って、子どもの性格や現在の状況、過去の背景を理解し、里親として子どもの問題を自分自身の問題として考えながら、どんな言い方が嫌だろうか、どんな言い方が効果的だろうかを考えて、子どもとの会話を決めていきます。最後の「きく」は、まるで利き酒のように、いろいろなお酒を試してみて、口に含んでみて、これは八海山だな、美丈夫だなと感じるように、子どもの言葉を一度自分の中に取り込んで味わってみます。
こういう意味なのか、あなたの「うざい」とは一体何を言いたいのか、あなたの「死ね」とは今怒っていて言ってしまう言葉なのかと考えるのです。
自分の中で考えて、子どもが本当に伝えたいことを代弁していくと、子どもも「この人は私を理解してくれるんだ」と感じるでしょう。そうすると、子どもとの心の距離がぐっと近づき、里親に対してもっと心を開いて近づいてくれるようになるというイメージです。伊藤氏は最後に「私たち里親のミッションは、子どもにとって大切な大人になることだと思っています。」と述べられました。
【アタッチメント】
愛着やアタッチメントの形成について考えると、私たちは子どもとの関係を構築していく必要があると思います。
アタッチメントとは、子どもにとって私たち大人が安心できる場所となることを意味します。子どもは、「この大人は信頼できるし、自分のことを大切にしてくれる。どんなことがあっても私の味方になってくれる」と感じることで、私たちを信頼するようになります。
このアタッチメント形成は、生まれたばかりの赤ちゃんとの関係から始まります。赤ちゃんは泣くことしかできず、自ら行動を起こしたり、自己表現をすることができません。ですが、泣くだけで適切に反応してくれることによって、アタッチメントや私たち大人への信頼感が生まれるのです。具体的には、他者への信頼、泣くだけで世話をしてくれる親への信頼、そして社会や世界への信頼が形成されます。つまり、自分が周囲から必要とされる存在であるという自己信頼感や自己肯定感も養われるのです。逆に言えば、アタッチメントが不十分な子どもたちは、これらの信頼を持たずに生きているということです。そのため、誰のことも信頼できないため、人との距離がなかなか縮まらず、人間関係の壁が高くなり、孤独で孤立した状態で生きざるを得ないということになります。そのような状況を改善するためには、私たち里親が子どもに近づいていく必要があります。そして、アタッチメントの理解や安心感を築きながら「子どもが私たち里親を好きになれる関係性を構築していくことが非常に重要である」ということでした。
【しつけの大前提となる「愛着」】
伊藤氏はさまざまな自治体の里親さんの研修を担当している中で、登録前の里親さんに対して「どのような里親になりたいですか」という質問をするそうです。
そこでよく聞かれるのは「ちゃんとしつけができる里親になりたい」という声だそうです。しかし、そのしつけの前提として、やはり愛着が存在します。
様々なアプローチ方法がありますが、褒めることが重要だと強調されています。子育てにおいては、褒めて子どもの良いところを見つけることが重要です。しかし、子どもが私たち里親に対して、「褒められても嬉しくない」と感じている関係性では、褒める子育てに意味はありません。したがって、望ましい行動を引き出すためには、愛着に基づく信頼関係が必要です。しつけは、こちらの愛情や期待が込められたものであり、望ましい行動を引き出すために行われます。このような信頼関係があるからこそ、さまざまなしつけが可能となるのです。ですから、まずは子どもに私たちを里親を好きになってもらい、安心してもらうというアプローチが必要です。最初から宿題をやりなさい、朝起きて学校に行きなさいといったしつけから入ると上手くいかないことがあります。
最初に、この人は信頼できると感じ、この人は自分を受け入れてくれると思ってもらえる関係をどのように構築するかが非常に重要です。
【虐待を受けた子どものケアと回復過程】
もう一つ、これは厚生労働省が出しているガイドラインからなのですが(資料14P参照)、いわゆるトラウマインフォームドケアやトラウマ治療が必要な子どもたちが私たち里親のところにやってきます。しかし、アタッチメントができていない子どもに対しては、どれだけトラウマインフォームドケアや治療を行っても積み重ねることはできません。なぜなら、基盤となる人間への信頼感や安心感、アタッチメントがなければ、自分のトラウマと向き合ったり、感情のコントロールの必要性を身につけることができないからです。したがって、まずはアタッチメントを築く里親が子どもにとっての安心安全な拠り所となることが、心と体の境界線を超えるために非常に重要な要素となります。
試し行動と呼ばれる行動をする子どもたちがいます。最初は良い子であることが多く、一週間ほどはお手伝いをしてくれたりします。しかし、徐々に自分を大事にしてくれるのか、どこまでやったら切れるのかといったことを試してくるような行動をとります。ここで、私たち里親が試されるのですが、研修などで「試し行動は全部受け入れてください」と言われることもありますが、基本的には受け入れるべきだと思いますが、限界も存在します。したがって、里親も子どもたちに対して、それを伝える必要があると伊藤氏は言います。
3歳で里親のところにやってきた子どもさんの例を用いて話してくださいました。彼は食事を1時間や2時間かけて口に含み、ずっと噛んでいるだけでなかなか飲み込みませんでした。でも、私はずっと彼と一緒に座って口の中にご飯を含んだまま噛み続ける時間を片付けずに横に座っていました。彼はどこまでずっと一緒にいてくれるのかを試されているのだろうと思いました。しかし、私も仕事に行かなければならなかったり、次にやるべきことがあったりするので、時間を区切るようにしていきました。最初はどこまでできるのか考えましたが、だんだんとエスカレートし、大変な状況になりました。
そのため、児童相談所に相談し、フォスタリング機関の方に30分だけ一緒にいることを決めるように提案されました。食事が終わったら、そこでテレビを見ることができるといった感じで、食事後にいいことが待っているような形でコントロールしていくことが提案されました。しかし、最初の段階では無理でした。委託されたばかりの時は、コントロールすることはできず、とことん付き合う期間が数日間必要でした。その期間には、里親同士のピアサポートや児童相談所の専門家の助言が必要だったと言います。
【エリクソンのライフサイクル理論】
「とことん付き合うことが大事だよ」という根拠として、エリクソンのライフサイクル理論を紹介してくださいました。(資料17P参照)
エリクソンという人は、子どもはその年齢や時期によってクリアしなければならない発達課題があると説明しています。例えば、左下の乳児期は0歳を指すのですが、最初の1年間で子どもが取り組むべき課題は基本的な信頼感の獲得です。この基本的な信頼感の獲得は、アタッチメントのことを指しています。0歳で基本的な信頼感を獲得することから始まり、次に幼児期前期では自立性が芽生えます。子どもたちは「自分でやりたい」と言い出します。例えば、着替えやボタンの留め具を自分でやりたいといった具体的な行動です。自立性とは、自主性や自分で決める能力のことです。自分の服や遊ぶおもちゃを選ぶことなど、自分自身で決めることが増えていきます。
この発達課題を理解する上で重要なポイントがあります。それは、絶対に飛び級できないということです。つまり、5歳で里親の元に来る子どもであっても、2歳で来る子どもであっても、その子がどこまで課題をクリアできているのかを知る必要があるということです。多くの場合、最初の基本的な信頼感を獲得できていないのです。基本的な信頼感とは、私が赤ちゃんの頃、泣くことしかできない状態で生まれてきた私を、青いゾーンの両親や祖父母が大切に育ててくれたことによって、青いゾーンの人々は信頼できる存在だと感じることです。しかし、それができていない場合は、次の発達課題には進めないということです。ですから、何歳で来ても、最初の基本的信頼感からやり直さなければならないのです。試し行動に真剣に向き合ったり、「大丈夫だよ」と何度言っても叩かないし怒鳴らないという態度や行動をしっかり示していくことで、距離感や接触レベルが徐々に近づいていきます。心から近づいていくのです。
もう一つ、これは非常に理にかなっていて、基本的信頼感の獲得は0歳の時に繰り返し行われます。泣くことしかできない状態で生まれてきた赤ちゃんに対して、私たちはすべてやってあげるのです。お腹がすいたらミルクをあげるし、おむつが濡れていたらおむつを替えてあげます。泣くだけですべてやってくれるのです。必要なこと、例えばご飯をあげることや着替えをすること、寂しいと泣いたら抱っこしてあげることなど、すべてやってもらった経験があるからこそ、自立性が芽生えてくるのです。逆に言えば、すべてやってもらって居心地が良いという感覚がない子は、いつまでも他人にやってもらい、依存していく人になっていくのです。誰が私のことをやってくれるのか、誰が私のことをすべて引き受けてくれるのかをずっと探し続ける子になってしまうのです。ですから、一度はすべてやってもらった経験があるからこそ、何でも自分で整えることができます。自分で着る服を選びたいとか、今日はどんな遊びをするかを自分で決めたいといった自主性が芽生えていくのです。その自主性が幼児期にしっかりと尊重されることで、小学校に入っても勉強に取り組むなどの姿勢が身についていきます。左下から一つ一つ課題をクリアしていくことで、社会で生きていくために必要な態度やスキルが子どもたちに身についていくと言われています。ですから、とことん付き合ったり、すべてやってあげるといったアプローチから始めて、私たちと里親と子どもとの心と体の境界線を超え、越境していくことが必要だと思っています。
子どもの心と体の境界線を理解する上でヒントになるエピソードを話してくださいました。
芹澤俊介さんの本に掲載されているもので「どうせ」という言葉でディフェンスしちゃう子どものお話だそうです。
ディズニーランドのパレードでミッキーマウスが星をみんなに向かって投げ飛ばしました。里親のもとで育った5歳のAちゃんも人混みのかき分けて一生懸命その星を拾いました。そろそろ満足したかなと里親さんが思った時、いきなりAちゃんはそのせっかく集めた星たちをぶわっと捨ててしまいました。怒ったような顔をして、せっかく集めた星をぶわっと捨ててしまったのです。里親さんはちょっとショッキングでしたが、落ち着いてAちゃんに「いいの?」と尋ねました。するとAちゃんは「いらない。どうせいらないし」と答えました。このエピソードは、子どもたちが親との関係の中で傷ついた経験を持ち、自ら放棄する前に奪われた経験があることを表しています。
子どもたちは、親との関係の中で傷ついたり拒絶されたりした経験から、自ら拒否することで傷つかないように守ってきました。これを恋愛に例えると、振られる前に振るという感覚です。子どもたちは自分を守るために、親に対して自ら拒否されたと思ったり、親と一緒に住めない選択をしたと思ったりします。自分なりに努力をしてもダメだったという経験は、心の深い傷になります。そうした経験から、子どもたちは愛されるために一生懸命努力したにも関わらず拒否されたと思い、自己を責めたりすることがあります。
子どもたちは、自分が傷つくことを避けるために、里親との関係を壊すような言動をとることもあります。自分が里親さんのことを本当に好きなのに、里親さんから「一緒に住めない、無理だよ」と言われると傷ついてしまうからです。子どもが不安になると、試し行動として奇妙な言動をとることもあります。これは、子どもが自分の不安を伝えようとしているSOSなのです。
里親は子どもの気持ちを言語化し、子どもが本当に望んでいることや心配して欲しいことを確認することが大切です。子どもが上手に言葉にできれば、関係性は深まります。子どもの本当の気持ちやニーズが言語化されれば、心と体の境界線を越えて心の距離を縮めることができます。ただし、子どもの一番のニーズを満たすことができない場合もあるかもしれません。そんなときには、里親は工夫をして子どもに近い状態を提供することが重要です。
講演内容③「受容」から始まる「共感」そしてそのための「傾聴」
子どもと里親の境界線、心と体の境界線を縮めていくためには、受容と共感が重要です。
子どもが抱えるさまざまな感情や試し行動を含めて、すべてを受け止めることが必要であり、子どもに「100%あなたの味方です」というメッセージを伝えることが重要です。
そのためには、子どもの話をしっかりと聞くこと、傾聴が重要になります。ただし、共感する際には注意が必要だといいます。
前向きな気持ちに対して共感することは難しくはないですが「死にたい」などのネガティブな意見や感情が表明された場合、共感するのは難しいと感じることもあるからです。
続けて伊藤氏は「支援者や里親として、無理やり前を向かせるのではなく、その苦しみや嫌な気持ちに寄り添うことが大切です。他の人に言っても共感されないような絶望やネガティブな感情を、私たち里親がどれだけ受け止めることができるかも非常に重要です。ネガティブな気持ちや意見が表明された時、私たち里親はそれを受け止めることができるかどうかが問われます。」と述べられました。
【里親は疲れる:「共感疲労」を理解する】
ネガティブな気持ちが表出された時、里親にはしんどさを感じることもあるでしょう。
伊藤氏は、子どもたちが抱えるさまざまな境遇や試行錯誤に疲れた時、里親同士が互いに共感し合い、励まし合うことはとても重要だと述べました。
続けて「私たち里親が頑張っていることが、いつか子どもたちに伝わる日がくるという感じで、ピアサポートや里親同士の交流が非常に重要になると思います。そのため、日本こども支援協会ではオンラインで里親サロンや里親セミナーなどを開催しています。コロナも終息に向かい、対面での活動がますます可能になってきていますが、ぜひ皆さんがお互いにつながりを作っていただきたいと思います」と述べられました。
さらにもう一つピアサポートにおいて重要なことをお伝えくださいました。
伊藤氏が下に書いたオレンジの四角の部分についてですが(資料31P参照)里親家庭にやってくる子どもたちに、大人同士が仲良く協力している姿を見せることにはとても意味があるといいます。自分の親が他の大人と仲良くしていないところしか見ていない子どもたちにとって、近所の人とのトラブルや両親の喧嘩、または家庭内のDVなどをずっと目にしている場合、自分の親が他の大人と仲良くしていない姿を見ることは少ないでしょう。ですから、里親が協力しながら仲良くやっている姿や、行政の人と里親が笑顔で話し合っている姿を見るだけでも、子どもたちにとっては良い経験になるといいます。社会で人と仲良くしながら、つながりながら生きていくことをイメージしやすくなるでしょう。
そういう意味でも里親会の活動やピアサポートのような活動を通じて、子どもたちに背中を見せていくことが重要です。
最後にコミュニケーションデザインのレッスンの中での子どもたちの声をご紹介いただきました。
子どもたちとヘルプマークのデザインに取り組みました。
子どもたちが自分が何に困っているかや、里親さんにどうしてほしいかを言葉で伝えることが難しい場合、イラストやマークで伝える方法を考えました。一般的に使われているヘルプマークがありますね。電車に乗っている人が、このマークを見たら席を譲ったり、困っているように見えたら声をかけるというような意味合いで使われています。そこで、私たちは里子バージョンのアシストマークを作ろうとしました。具体的には、プラバンプラ板を使って作成しました。真っ青な顔をして下を向いているものは、学校で遠慮して持ち物を入れずにいくと困ることがちょくちょく起こっていると話してくれました。ですので、私は言えた方がいいと思っています。里親さんは、これが必要なんだと理解してくれるでしょう。ただし、どう頑張っても言えないのです。言おうと思っても固まってしまいます。そこで、このアシストマークを作ってくれました。里親から話しかけられても、別にと言ったり、目が合わなくなったり、無口になったりしている時、それは自分が言いたいことや伝えなければならないことがあるのに、隠している時です。ですので、気づいて理解してほしいと思っています。これはかなり難易度が高いアイデアですが、私たちは彼らの気持ちを理解してほしいというメッセージを伝えたいのです。
もう一人の子について話します。彼はファミリーホームの子どもですが、家庭では自分とお母さんだけの存在だったため、ファミリーホームに行くと急に8人家族になり、8人で食事をすることになりました。それがちょっとしんどいと感じているようです。緊張しています。彼が作ったマークは、真ん中に青い顔をしている子がいますが、みんなが自分を見ていると感じているようです。食事をしている時も、みんなに見られている気がしてうまく話すことができず、団らんの中に入っていけないと感じています。しかし、みんなが気を使っているので、なんとかちゃんと話さないことにしようと思っています。ですので、できれば最初は8人ではなく、2-3人で食事をしたいです。ただ、このようなことを里親さんに言ってもいいのか、悲しむのではないか、困るのではないかということを考えると、このマークを通じて伝えたいということを表明してくれました。
私たちは、里親や施設も含め、社会的養護が子どもたちの我慢や遠慮によって成り立っていることを理解しています。そこにどのような影響を与えていけるのかを考えるために、一緒に考えていけたらと思っています。
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