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今回の講演者
上鹿渡和宏氏
児童精神科医、博士(福祉社会学)。病院、児童相談所、大学等を経て、2019年4月より早稲田大学人間科学学術院教授。2020年4月より早稲田大学社会的養育研究所所長。乳児院の多機能化・機能転換や英国里親研修プログラムの日本導入、都道府県社会的養育推進計画の実践展開等に携わる。2023年度よりこども家庭審議会委員。2024年よりNPO法人家庭養育支援機構理事長。
今回は、上鹿渡和宏氏をお迎えして「これからの社会的養育・里親養育-こどもの権利・アタッチメント・パーマネンシー-」をテーマに講演していただきました。
この講演では、子どもの精神的幸福度の低さや虐待の増加といった日本の深刻な現状を背景に、社会的養育が大きな変革期を迎えていることが示されました。特に、家庭養育優先原則の重要性、パーマネンシーの概念、そして里親支援の強化が今後の鍵になると話されています。
講座内容➀
:社会的養育と里親養育の現状と変革」
日本のこどもたちが置かれている現状と、社会的養育が今大きな変革期にあることについて語られました。
日本のこどもの厳しい現状
ユニセフが2020年に発表した先進国における子どもの状況の調査結果では、日本のこどもの身体の健康は先進国の中で1位である一方で、精神的幸福度は38カ国中37位と非常に低いことが示されました。乳幼児の死亡率が1番低い国ということは評価できるところでありながら、自殺割合の高さが精神的幸福度の低さに大きく影響しています。
上鹿渡氏は、この大きな乖離が日本の特徴であり、長年解決策が模索されてきたにもかかわらず、特に自殺者数が増加するなど、状況が改善していないことが大きな問題だと強調されていました。また、毎年の虐待通告件数が20万件を超えるなど、子どもたちを取り巻く環境の悪化も報告されました。
精神的幸福度を上げていくには、最も幸福度が低い状況に置かれている格差の底辺にいる子どもたちとその家族の状況を改善することがとても大事だと上鹿渡氏は強調されました。子どもたちの状況が悪化し社会的養護に来る手前で、介入できる時期があることも考えながら社会的養育を行っていく必要があるといいます。
社会保障審議会で出された資料もご紹介いただきました。
親御さん自身が自分の育っていない街で子育てをし、困っても頼れる人がいない状況が日本では続いています。子どもを預かってもらえるショートステイという制度があるものの、ほぼ使えていないそうです。
しかし、ショートステイ里親や里親ショートステイなど、里親さんの活躍できる場があるようで、今後の活動に期待されています。
社会的養護の大きな変革期
現在、社会的養護・養育は非常に大きな変革の時期にあるとのことです。国が2023年12月に策定した「子ども大綱」では、今後5年間のこども施策の方向性が具体的に示されており、社会的養護・養育もその中で大きな変化を遂げようとしています。
■社会的養護/養育の違い
社会的養護:親子分離した後の部分。
社会的養育:親子分離する前から分離後まで。
日本の社会的養護の課題
・海外に比べて施設養護の割合が高い
・社会的養護に至らない家庭に対する見守り支援が不十分
里親養育は、この二つの課題を解決する上で非常に重要な役割を担うと指摘されていました。
里親養育の発展
上鹿渡氏は、親と一緒に子どもを育てるという養育が、里親さんの中でも主流になっていくといいます。今後は施設養護が減っていくと予想されるため、里親養育を発展させる必要がある状況です。
また、社会的養育の方向性は子どもの声を聞くことが大切です。子どもは“自分が育つ場所で一緒に生きてくれる人がいてほしい“という思いを持っており、これは里親養育にも当てはまります。里親養育の中での最善を求めるだけでなく、子どもの立場になってさらに良い状況を作れないか考えていくことも大切だと話されていました。
親御さんを助けるために必要なこと
1.ショートステイ里親
実親と里親の交流の際の関係づくり、家庭復帰後の子どものフォローが大切です。
2.家庭維持の予防的対応
今の日本では、一般的に子どもが亡くなった等の失敗事例を紹介されますが、虐待を減らすためには家庭維持の予防的対応を行う必要があります。
3.親子分離した後の社会的養護
里親が「いっしょに生きてくれる人」になっていくことが必要です。
「家庭養育優先原則」の導入
2016年の児童福祉法改正では、「家庭養育優先原則」が初めて明確に示されました。これにより、保護者への支援が最も優先され、その状態で難しい場合家庭養護、そして家庭的養護(小規模化・地域分散化された施設)という順番が明記されたそうです。
これは、日本が里親等の委託率が他の国々に比べてまだ低い現状にある中で、大きな方向転換を示すものです。
パーマネンシー保障の考え方
「パーマネンシー保障」は、単なる「永続的解決」(例:
特別養子縁組)にとどまらず、「子どもがこれからずっと続くと感じられる、将来の見通しを持った育ちの保障」であり、「そこに所属していると感じられいつでも戻れる場所であり、いつでも頼ることができると信頼できる1人以上の人とのつながり」であるという、より深い概念へと進化しているとのことでした。
これは、こども自身が自身の居場所を定義するという考え方が中心にあります。福岡市は、パーマネンシー保障を軸に進めた結果、里親委託率が上がったそうです。
上鹿渡氏は、施設で育った子どもが施設を出た後もずっと一緒にいられるという人をどう作っていくかということが、自立支援の中で重要になると強調されました。社会的養護に関わる人それぞれが、自身の役割を見直すことの重要性を改めて確認できました。
はじめの100か月の育ちビジョン
この国の全ての子どもたちにとって大事なのは、「安心」と、アタッチメント理論にも入っている「挑戦」の循環。安心安全である場所で子どもは遊び、挑戦し始めます。上鹿渡氏は、安心と挑戦をセットで保障することが社会的養護にとって一番大事なことで、里親さんはここの部分をしっかりと考えてほしいと話されていました。
講座内容②:里親養育の質と支援の進化
里親養育の可能性を最大限に引き出すためには、その質を確保し、支援体制を強化することが不可欠であることを学びました。
里親養育の重要性
専門家の意見として、特に乳幼児については里親養育が非常に重要であると強調されました。大規模施設での養育を受けたこどもたちに見られた発達の停滞や遅れが、家庭養育に移行することで改善すると紹介されました。特に、半年から2年以内という早期の移行が、発達を取り戻す上で効果的であることがエビデンスとして示されています。
この結果からも、家庭養育で最も大事なものが、安定した愛着形成だとわかります。愛着が安定すると、精神化疾患やメンタルヘルス上の問題が減ります。家庭養育が子どもの人生に大きく影響を与えうるため、ただ里親家庭に移行するだけでなく、個別の養育の質をしっかり担保しながら愛着関係をしっかり形成することが大切だと話されました。
チーム養育と里親支援センター
里親家庭での養育の質を担保するためには、里親さんが一人で抱え込まず、専門職によるチームで包括的に支える「チーム養育」が不可欠であることが強調されました。今年から設置が進められている「里親支援センター」は、これまで部分的に実施されてきたフォスタリング機関の機能を強化し、より安定した基盤のもとで包括的な支援を提供する役割を担うとのことです。これまであまり意識されてこなかったパーマネンシー保障に関わるような役割が、里親支援センターの事業の中にも入ってきているそうです。
スーパービジョンの導入
里親支援センターの重要な役割の一つに「スーパービジョン」が挙げられました。これは、里親さんの養育実践に対して専門的な視点から助言を行い、より良い養育につなげるための重要なプロセスです。特に経験豊富な里親さんに対しても、客観的な視点を取り入れ、こどもの最善の利益を守るために必要であると説明されました。
養育上の課題が里親さんのもとで見られた場合、里親さんだけでなく支援してきた人にも同じ責任があると言います。そのため、スーパービジョンにつながる前段階での対応も必要です。
委託解除時の里親の喪失感軽減
里親さんにとって特に負担が大きいのが委託解除時の喪失感です。これまで軽視されがちだったこの感情的負担にも、支援センターによる伴走支援が明記され、より手厚いケアが始まっています。
また、イギリスで活用されている研修プログラムである
・スキル・トゥ・フォスター(登録前)
・フォスタリングチェンジ(委託中)
などの事例も紹介され、今後の日本での活用が期待されています。
講座内容③:里親養育の未来と多様な連携
里親養育は、今後の日本社会において、こどもたちを取り巻く課題を解決するための「重要な突破口の一つ」であるというビジョンが示されました。そのためには、多様な連携が不可欠だと感じました。
ショートステイ里親の役割
上鹿渡氏は、里親さんは子どもも親も助けられる存在になれると言います。親子の分離を予防するための重要な手段として、「ショートステイ里親」の役割が拡充されるとのことです。保護者のリフレッシュや安心できるつながりを生むこの制度の拡充は、虐待の予防や家庭維持の支援にもつながります。
親と里親さんのお互いが分かり合うことで、子どもにとっても安心できる状態になります。
子どもの権利と居場所の尊重
「子ども大綱」や「子どもの居場所に関する指針」では、こどもの意見を尊重し、こども自身が「自分らしい居場所」だと感じられる場所を保障することの重要性が明記されています。大人目線での居場所づくりではなく、こどもが主体的に選択できる環境を提供することの意義を改めて考える機会となりました。
企業との連携と「フォスタリング・フレンドリー」
イギリスでは「フォスタリング・フレンドリー」という取り組みがあり、企業が里親の社員に特別有給休暇を付与することで、働きながら里親ができる環境を支援しているとのことです。企業にとっては社員が休むことの影響が比較的小さいですが、子どもと里親にとってはその休みで大事な1日を作れるほど大きな影響があります。日本でもこのような取り組みを広げていきたいとのお話がありました。
最後に
専門里親研修の質の向上や、里親支援NPOの活動を通じて、研究と実践の両面から里親養育をより良いものにしていくための多様な取り組みが進められているそうです。子どもたちが困っている状況の中、子どもを大事にしてきたつもりでそうなっていなかった社会を子ども中心に変えていく。社会的養育の変革の中核として、里親養育が重要な突破口だと話されました。
このセミナーは、里親養育が日本のこどもたちの未来を形作る上でいかに重要であるか、そしてその実現のために私たち一人ひとりができること、社会全体で取り組むべきことが何かを深く考える貴重な機会となりました。
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