© ONE LOVE All Rights reserved.
菅原氏は発達心理学の専門で、子ども期の精神病やパーソナリティの発達に養育環境がどのように影響するのかを、子どもたち、ご家族を追跡する中で研究を続けてこられました。
国立精神神経センターの精神保健研究所の家族地域研究室長として厚生労働省に所属して、家族や地域が子どもメンタルヘルスにどのように影響するのかの研究もされてきたそうです。
海外の研究などをもとに、傷つきからの回復にとって有効な子どもの体験とは何なのかということを一緒に考えていきました。
今回の講演者
菅原 ますみ 氏
お茶の水女子大学名誉教授
白百合女子大学人間総合学部
発達心理学科教授
講演内容① 「小児期逆境体験とその長期的影響」
まず逆境体験とは何なのでしょう。
虐待や夫婦間のドメスティックバイオレンス、貧困など、子どもにとって虐待的な体験、厳しい環境の中で育っていく、そのことをアドバース(逆境)というそうです。
厳しい環境の中での子ども体験を、Adverse Childhood Ecperiences(ACEs)と呼ばれています。
子どもの生活における慢性的な逆境要因、これに関しては、児童精神医学の中で多く研究されてきました。
子どもの心身の発達、健康を損なう環境ストレッサー、環境側のストレスとは2種類あるそうです。
1つは、災害、犯罪被害などの急性の外傷的体験で、予期しない急性のストレッサー。
もう1つは家庭の貧困・経済的に厳しい所得や両親の精神障害、両親間の不和、虐待といった不適切な養育です。さらに子どもたちが生活している地域や通っている環境がすごく劣悪であるというような慢性的な逆境要因もあります。
この領域を切り開いたFelitti先生の最初の研究で使われた尺度(どういう種類の逆境体験を体験されたのか、そのチェックリストタイプで特定し測定したものをスコアという形で数値にしていきます)
今までの研究は、今見えていること、例えば心理的虐待なら心理的虐待に対して深く細かく体系化して進んでいっていたそうですが、Felitti先生の予防医学の領域で行ったことは、一人の人間には心理的虐待があったかもしれない、そして貧困もあったかもしれない。
何種類の逆境があったか、その人の立場で数えてみないとわからないよね、ということで、Felitti先生の研究では虐待、慢性的な逆境要因(CA)、家庭の中での機能不全等をそれぞれ1点とカウントして、それが1つあれば1点、2つあれば2点、10個あれば10点、というようにカウントをします。
今でもこの数え方を踏襲しつつ、この研究が展開されている状況にあるそうです。ですので、最初の頃の項目が今でも使われているということになります。
1998年の健康保険組合に組合員8千人を対象にした方々で、健康保険組合に入るのは中流上流階級の方たちの中でも、18歳以前に逆境要因のある体験をした方々が11.1%いました。
身体的虐待も、同じく10.8%。
Felitti先生の共同研究者のAndaさんも健康保険組合のデータで、17,337人の大規模調査をおこなったところ、身体的虐待では28.3%ということが報告されています。
性的虐待というところでは、Felitti先生では22%、Anda先生では20.7%と報告がありました。
スラムもあるような一般的なコミュニティを調査したCronholm先生では、虐待の体験率が高いことがわかりました。
測定尺度の後半のほうの「家庭の機能不全カテゴリー」で、「家庭の中で薬物乱用をする人がいる」も高いレートになっています。
・一般的な家庭では、34.8%
・「家族の中に精神疾患の方がいる」が2割前後
・「母親への暴力がある」が1,2割
・「家族の中に刑務所に収監された」というかたも数パーセント
・両親の別居あるいは離婚は、23.3%
8個のカテゴリーをチェックリストでスコアリングしていくような研究では
3つの研究だけでも、何か1つ体験がる人は、52~68%で、予想するよりも傷つき体験、逆境体験を国民の多くの人が体験していることがわかりました。
1つも逆境体験している人がいない場合もありますが、何か1つという方が半分近くいる。
このあたりでこの問題というのは、臨床医学、臨床心理学の分野から公衆衛生の問題へと、
発展していきました。
これだけたくさんの方が小さいころに、18歳以前に傷つき体験をするとすれば、これは国民全体の問題であって、それに対して小さいころからケアをしっかりしていくことが、後年の国民の健康につながるという認識に、今、世界は達しているという状況だそうです。
そして4点以上の得点がつく方も1割ほどいることがわかりました。
ACEsが将来の健康状態に影響するということがFelitti先生の発見だったわけです。
ACEsは心の問題だけでなく体の問題にも影響があることがわかってきました。
次にイギリスの代表性の高いサンプルを見ていただくと、2014年に行われた研究ですが、
対象者の半数近く(48%)が1つ以上のACEs体験がありました。
日本でも東京医科歯科大学の藤原先生方のグループが、成人と老人を対象に、
すでに論文を書いていらっしゃって、一般人口中の成人の31.9%が1つ以上のACEsを報告していて、65歳以上の19,220名の対照群に対して36.3%が1つ以上のACEsを体験していました。
諸外国に比べると日本は少ないかもしれませんが、3割以上の方が体験していることがわかりました。
研究の世界では、研究がたまってくると報告された研究のサンプル数とか相関係数とか統計的なことが論文にのるので、それをもう一度データベースにして、もっとたくさんの地域、もっとたくさんの人数で、再解析をするそうです。
メタ分析というような研究手法により、報告がされていて、一番まとまったものが、2016年のHughesという方たちがメタ分析をさせて、37の研究、253,716名のデータベースから分析したところ、やはりACEs体験が体への影響をもたらすことがわかりました。
どういうような疾患に関係があったのでしょうか。
身体疾患の発症というところで、ACEs体験をしていない人に比べて
・がんで2.4倍
・慢性気管支炎3.9倍
・脳梗塞2.4倍、
・虚血性心疾患2.2倍
これらをみていくと、ストレスに関係のある疾患だなと、感じられるかもしれません。
また、健康リスク行動、さまざまな疾患につながってしまう行動では
・アルコール依存7.4倍
・違法薬物使用が4.7倍
・深刻な肥満1.6倍
・抑うつ4.6倍
・自殺企画12.2倍
ということがわかりました。
さらに他の研究では、
・DV加害のリスクが5.5倍
・怒りの制御困難4.0倍
・記憶障害が4.4倍
・パニック反応が2.5倍
・不安症状が2.4倍
と高い発症率となっています。
それだけではなく、得点に比例して発症率が上がっていく、きれいな比例関係があることを発見されました。
1つ逆境体験が増えると、それだけストレスが重くなっていくそうです。
既に研究だけでも6,832編の研究があり、だれがやっても正比例の関係にあるということがわかってきているそうです。
喫煙をとっても、ACEsの数が増えれば増えるほど、喫煙率もあがっていく。
アルコール依存症の方もACEsがない方もいらっしゃいますが、ACEs得点があがるにつれてアルコール依存症の経験率があがっていきます。違法薬物の使用も同じ傾向にありました。
科学者は疑りぶかいので「本当にそうなのか?」となるそうですが、アメリカの研究グループもニュージーランドの研究グループもやってみると、同じ傾向だったそうで、1つでもACEsを減らさないといけないことがわかったということだそうです。
「ACEsゼロであっても、そういうことが起こるかもしれませんが、ACEs体験が増えれば増えるほど大変なことになるのということが、わかってきており、大きな医学的テーマになってきているという状況です。」
とのことでした。
次に「どうしてそうなるのか」
原因論というところに、研究は進んでいるそうです。
子どもの時代の逆境研究というのはたくさんされてきて、そして、21世紀になって発展してきた脳の研究と出会いました。
今の予防医学が明らかにしてくれた法則ということと今まで集中的に研究がなされていったところで、神経発達不全が原因論として浮かび上がってきています。
なぜ神経発達不全が起こるかということは、とても急速に発達する胎児さん、乳児さん、幼児さんから思春期くらいまでの脳というところに、小児期に逆境体験に置かれることでゆがみを生じさせる。
怖い体験、予測不能な逆境体験、逆境環境にいることにおいて、そこに必死に適応しようとするあまり、脳が簡単に言うと疲れて、いろいろな機能不全が起こってくる。
その結果、問題行動というのが、発現するようになって、それが放置されていると、いじめられるとか、不都合が起こってきます。依存症みたいなことも起こってきて、そうすると体が痛んでくるというようなピラミッドになっているんじゃないだろうか、そういう仮説が立てられました。ACEsピラミッドという考えをベースに研究が発展してきています。
ストレスが加わると、体はどうなるのでしょうか。
緊急事態に備えて脳から各器官に指令が伝達されます。
そうすると、逃げるか、固まるか、戦うかという行動に出ます。
ただ、生物は緊張状態がずっと続くようにはなっておらず、危機がおさまったらリラックスをして、次の危機に備えるという仕組みに生物はなっているそうです。
ストレスが加わり過ぎると、脳が慢性疲労の状態になります。逆境体験の中にある子ども達というのは、小さい脳がストレスにさらされていて、ある一定期間経つと、そのことによって機能を使いすぎて、ギアチェンジができなくなったり、ギアが入りっぱなしなってしまうということが起こることがわかってきました。
では、この体験が「今後の人生の中でどういう精神疾患につながるのか」についてです。
精神医学についても多くの研究があり、代表的なものは、虐待後に発症する可能性がある疾患としては、PTSD(心的外傷後ストレス障害)がいろいろな時期に、発症する可能性があります。
反応性アタッチメント障害は虐待に特化した精神障害です。異常な養育を幼いころに受けたことによって、異常な養育者だけでなく、他の人との対人関係が異常なものになる。
他にも脱抑制型対人交流障害、解離性障害群になる場合があるということがあります。
心の健康ということで言えば、こういうような重症度の高い疾患を発症する、または発症しなくても、辛すぎる体験を抱えているので、自尊感情が低下して、非常に厳しい人生になってくるというところがあります。ですので、いろんな不都合が生じている人たちのケアだけじゃなくて、生じる前に予防できることがたくさんあります。
発病・発現する前に、過去に逆境体験を持った子どもたちには自尊心低下のところからスタートして、手厚いケアと見守りが必要になることがみんなの了解になってきているというところだそうです。
日本の虐待の条件については知られてきていますし、報道もされながらも、虐待の件数は増えています。令和2年度は20万件を超えて過去最高を更新しています。
ACEsのチェックリストがあったような身体的虐待、ネグレクト、性的虐待、心理的虐待というところで、日本の中でも、タイプが重複する人が多いと言われています。
つまりACEsの累積体験がある子どもたちも多くいるということがわかります。
そしていろんな年齢で虐待が起こっていることがわかっています。
もう1つ大事なことは、貧困というところが大きく関係しているところもあるということです。日本という国は、先進国の中で決して貧困が少ないわけではないことが明らかになっています。特に、貧困の中で暮らす子どもたちの数は、2018年で13.4%、7.2人に1人の割合で、貧困の環境の中にいます。特に、シングルマザーの家庭では2件に1件の割合で貧困に陥っていることが知られています。
講演内容② 「小児期逆境体験の影響性を緩和するポジティブな体験」
次にACEsの影響性を緩和することに関してお話くださいました。
もっと予防的に介入することが必要であることで、脳の機能不全、免疫系というところにも影響があるということが、わかってきたので、そうしたところに働きかけて、悪影響を緩めていく、緩和していくということが重要だと菅原氏は仰っています。
細胞の発現というところ(エピジェネティクス)にも逆境の影響があり、細胞の働きのON/OFFの機能が良い環境の中では回復していくということがわかってきており、ますますポジティブな体験をシャワーのように浴びて、ON/OFF機能を調整していくのは、とても有効だと考えられてきているそうです。
ここから先のお話については
「エビデンスが固まったものもありますが、まだまだ探索中というものがありますので、いろいろなことが提唱されてきているということで聞いていただくとありがたいと思います。」
ということでした。
1つはもとになっている神経生物学的な機能不全があるかもしれない。
そのため神経生物学的な機能に働きかけていく・・・リラックスする体験です。
マインドフルネスという言葉を聞いたことがある人も多いかと思いますが、そのリラックスして脳がゆったりするような、ストレス軽減、といったセラピーもありますし、あとは日常生活を整えて、日常生活をリラックスする手軽な方法で、効果があることを探そうということをしています。
マインドフルネス的なストレス軽減療法というのはもちろんあるんですが、それだけではなく、ヨガはとても有効であることが知られていますし、プールにプカプカ浮かんで、感覚がない、無の状態で脳がリラックスするというようなものもあります。
あとは演劇をする、音楽、ダンス、武道などで、脳が整ってくるということも科学的に探究されてきているそうです。
それから、すでに不適応行動が出てしまっているとき、その不適応行動に対して、介入をしていく。その介入のやりかたとしても、記憶に関してはワーキングメモリーを強化するような楽しいパズル、カードゲームなど、楽しみながら、実行機能を鍛えていくような介入もあり、いろいろなエビデンスが出てきています。
他には、筆記開示法やトラウマ・インフォームドな認知行動療法、トラウマがあったという事実に向き合って認知行動療法、トラウマケアをセットにした認知行動療法に関しても、エビデンスが多数出てきているそうです。
そして、日常的な環境を整えていくということも価値がある取り組みであることが、エビデンスつきでわかってきています。マインドフルネスについてよく知られていると思います。
恐怖や怒り等の脳の偏桃体の活性化がよくなることが、エビデンスとして明らかになってきました。子どもでもヨガとかできますので、そんなこともやってみることも有効であると思います。また演劇の方も、海外でよく知られているそうですが、逆境体験をもつ子どもたちの演劇もあって、アメリカの里親家庭の青少年の予後が良好だったことが報告されているそうです。
例えば、音楽とかダンスとか、音楽療法というのがありますが、もっと手軽に体を動かしてやってみることもあります。
そして、日本古来の武道(柔道・剣道・空手)がマインドフルネス効果が海外であることがわかってきています。
続けて“日常生活環境の中での”ポジティブな体験”づくりについてもお話してくださいました。
保護的・補償的体験(PACEs)のチェックリストをまたACEsに対抗して作られています。
カテゴリーとしては
①温かな人間関係、サポーティブな人間関係
└レジリエンス、傷つき体験からの回復には一番は愛着の形成になります。”愛し愛されること”の体験、”信頼し信頼されること”の体験。
②社会的孤立を防ぐ
③個人でできる健康的な生活とライフスタイルを整えること
PACEsの促進において2つカテゴリーがあり、0歳~5歳、6歳~18歳があって、0歳から5歳でもACEsを体験していくお子さんにから、やれることはやっていきましょう、というようになっているとのことです。
活動においては、子どもが楽しくやってくれる、できればご家族も一緒にできる範囲であればよいようです。
「PECEs増やそうと思いながらスタートして、計画的にやっていくと、少しずつ増やすことが有効なのかなというところです。
子どもの様子をみながら、ポジティブな体験を増やそうとしてもらえればよいと思います。」
とのことでした。
続けて菅原氏は、
「ただ、そう簡単ではないことが発達心理学者はわかっていて、当然里親のみなさんも日常の中で体験されていることだと思います。」
とおっしゃっていました。
私たち発達心理学者がどういう風に考えているかというと、まず”ポジティブな養育”をしていく。子どもにとってこれが一番ありがたいことだと。
”ポジティブな養育”というのは子どもの発達段階によって、その時々、必要なことを調達し、環境を整え、一貫して受容で、応援団だよ、というサポートを供給し続けるということだそうです。この原則はかわらない。しかしすべてがより”難しくなる”というの事実としてあります。
なので、一層の努力と忍耐力が必要であり、それを供給してくれる養育者の方を強力に外部がサポートし続ける必要がある。
また”あたたかく応答性の高いかかわり”は発達心理学のエッセンスを凝縮した内容になっています。
子どもと一緒にいるときに、きみといれて「うれしいよ」と、笑顔や言葉・態度で示さないと、子どもはわからないのです。なので心から喜びを表出することが大切です。
それから子どもが(ぼそぼそ)と何かを言ってくれたら、「よく言ってくれたね」って傾聴する。
子どものことをよく見ていて、さりげなく見守っていて、子どもが苦痛をかんじているな、過去のいろいろなことにひきづられているな、そこに多重のストレスが加わっているなと感じた時には、そこを察知して慰めてあげる。
不安でも穏やかにサポートする「辛いんだね」と、気持ちを代弁してあげて、そばにいてあげる。
決して怖がらせるような、脅すとか怒鳴るということやきつい物言いは厳禁です。
ACEsやPECEsの体験のある子どもにとっての原則として絶対に禁止となっています。
ただそれが難しいということもまると菅原氏はおっしゃっています。
なぜかというと、過去に愛着形成の問題を抱えている場合があるからなのです。
子どものサインを受け取りにくいことがあります。助けないといけない状況だと思っても、
逃げてしまったり、怒ってしまったりと子どもはします。
それは、子どもの脳が混乱しているということだそうです。
この人が本当に助けてくれるかわからない、どう応答させるかわからない、また虐待されるかもしれない、となって子どもの脳は混乱します。
混乱したときには、それが収まるまで、粘り強く待つということが大事なんです。
ここは安全で安心してよいというメッセージと穏やかな態度で接することが大事です。
そういうことをペアレントトレーニングするプログラムもあります。
「愛着を作ることができた」というのは自分が働きかけた結果です。
大変だ、助けて、と泣いた結果が良かったということを子どもは学習していくので、
自尊感情はあがっていきます。
自分の活動として表出したら、子どもが腹落ちする、学習する、この人は大丈夫と腹落ちしたら、学習になるわけです。
「この人は大丈夫」「ここは安全」と子どもの脳の長期記憶の中に入っていきます。
そこがスタートになります。
これは、人が赤ちゃん時代に親が付きそうことで獲得するしていくのですが、その中には暴力などがあると、どんな小さな赤ちゃん時代においても学習していきます。
ですから、またその学習を再学習することになるというわけです。
抑圧したり見なかったことにしたりするのではなく、「大丈夫な世界がある」「大丈夫な人がいる」ということを学習してもらうことが、子どもの育ちと回復のスタートになる。
そのためよく見てあげて、一緒に活動してあげて、何かあったら戻ってきて、癒してあげるような環境を提供しないといけません。
それと同時に社会のルールも教えていく必要があります。
よくあるパターンで、発達心理学の授業で、子どもにとって良い親とは何があっても関係性をきらないことで、いつでも応援してくれて、常識的なルールも教えてくれて、おいしいご飯も食べさせてくれて、おうちの中もきちんとしていることが大事です。
回復過程は長い時間かかるかもしれません。しかし愛着ができれば急速に心も体も伸びていくのも本当です。
重度の虐待をうけたお子さんの予後調査の研究がたくさんあるのですが、劇的に回復していくことが知られています。
ACEsと同様にPECEsについても十項目のチェックリストになっていて、
18歳以前に、あるいは子ども時代の今、いくつチェックされますか、ということで、
ACEsのスコアとPECEsのスコアとを一緒にいれた研究が進んでいるそうです。
PECEsの内容を分解すると、家庭内での体験というのが3つリストアップされています。
1:無条件に愛されている。そして自分を養育してくれることに疑念を持たなくて済む体験
(つまり心配しなくて済むということがポイントです)
2:十分な食事と清潔で安全な住居に住んでいること
3:家庭の中に、明確で公平なきまりや約束ごとがあること
これら3つが家庭内の項目になります。
家庭外では
・親ではない大人との信頼関係があること、少なくとも一人は親友がいるということ
・必要なことを教えてくれる適切な学校に通学できていること
・定期的に誰かを援助した体験、ありがとうといってもらえる体験があること
・組織的なスポーツをやっていること、組織的な市民活動や社会活動に参加していること
・ひとりあるいはグループで熱中できる趣味をもつこと
以上が脳にとって良い影響を与えることになるそうです。
養育環境に関するリスク要因と防御要因は、長い発達心理学の中で考えられてきたレジリエンスの要因を反映しています。
またリラックスが寿命を延ばすこともわかってきているそうです。
これは心理学の歴史の中で、とても盛んになってきたpositive心理学、嬉しいとか幸せと感じることが人を幸せにすると言われています。
このことは世界中で知られているので、OECDでも幸福度調査がおこなわれています。
緊急事態に緊張して戦ったり、逃げたりすることは重要で、この機能がなかったら人類は発展しなかったと思います。
肯定的にふわふわした感情もいま解析されてきて、「幸せだな」、「楽しいな」、という気持ちが人間の心を拡張させる。集中的に緊張しているときには、熊であれば熊しかみれないのですが、リラックスしているとたくさんのものが見えている。
たくさんのことが自由に見ることができる。
よって身体的資源、知的資源、心理的資源、社会的資源がたまっていく。
健康になって身体的資源が増えて、本も読めて知的資源も増え、
趣味により心理的資源も増え人脈も増えて社会的資源も増えてくる。
そして長生きするということが研究が進んでいます。
若いころに幸せ体験をした人は長生きするということがわかってきました。
修道女の方の老化に関する大きなプロジェクトにおいて、修道院の修道女さんが自身を被検体としてあらゆる資料を提出してくださいました。
その中で、若い頃(20歳の頃)の日記をすべて分析して、ポジティブ感情とネガティブ感情を取り出したところ、肯定的感情記述が多いほど、長生きしていることがわかりました。
再現性のある結果が多数得られています。
今、菅原氏が手がけている研究は、ACEsを減らして、またはたとえACEsがあったとしてもPECEsを増やすことで、人が健康で長生きしていくことができると考えられてます。
PECEsを補充していくことで、ACEsによる困難を打ち破ることができると言えます。
子どもの”今”を楽しく、充実させることが回復と成長の糧となっていきます。
お話していただいたことはアメリカの心理学会の方で出版されている、
"CHILDHOOD EXPERIENCES A Developmental Pespective"という本の中から発表されていて、菅原氏は今、この本に関して翻訳しているところで、11月頃には明石書店から出版される予定だそうです。
菅原氏のグループではコロナ禍のなかで、全国の4,000人の大学生を調査して行って、今、学会発表をしているところで、ACEs 10項目、とかPECEs 10項目とか、質問項目にいれて、聞いてみたところ、一般大学生ですが、Felitte先生の研究と変わりない結果となったそうです。
どれか一項目でも該当する方27.3%
4個以上のかたも、5.9%でした。
そしてPECEsの方もみなさん100%となるわけではなかったそうです。
大学生なので、大学に行けている人たちは、さすがに十分な食事と清潔で安全な住居に住んでいる方は9割でした。
その他の部分では、まだPECEsの点数が上がる必要があるということでした。
講演内容③ 「研究グループについて」
菅原先生もさっそく日本の大学生でACEsの比例関係を確かめてみたそうです。
この調査では抑うつ尺度を使ったのですが、やはり0より1、1よりも2、3のところで天井効果になっていたのですが、3以上もあるという人が7割もあるということが、抑うつ尺度でカットオフ値以上が見受けられ、お医者さんにいったほうがいいということがわかりました。日本のサンプルも先行研究と同じであることがわかりました。
こういう大学生に対して抑うつと深く関係していたACEsの種類は何かを調べてみると、
愛情欠損が一番にあり、次に心理的虐待や対人関係のところでした。
PECEsの方も、どれほど抑うつを跳ね飛ばしてくれるかというと、「無条件に愛してくれる人」や「親友」、「頼ることができる親以外のおとな」であることがわかりました。
「私たちはこのように研究をしてきているのですが、少しずつ広げていきたいと思っていまして、今、社会的養護にあるお子さんたちの成長を追跡させていただきたいと考えています。
1つは全国の養護施設、全国養護施設協会様の方にお願いして、お声かけさせていただいて、いろいろ許可をいただいたところなんですけれども、それと里親さんのもとにいらっしゃるお子さんにも、里親様にもご協力いただけたらと思っています。
内容は今お話ししたことで、ACEsとPECEsをお伺いしてということです。
お子様にはPECEsとか、日常の健康状態のみを聞かせて頂くというスタイルになっています。
過去の成育歴については、里親さんの方で、ご存じの範囲で、お答えしていただければと思います。
初回は調査用紙による自記入式のアンケートをお子様と里親様に用意して、里親様の家庭には実子の方もいらっしゃると思いますので、どなた様もどうぞということで、子ども生活アンケートということで、よろしければつけていただいて、個別の封筒にいれてもらって、お子様自身でも封をしていただいて、そのまま投函していただくというスタイルで、無記名で調査をさせていただきたいと思っています。
その中で、高校3年生相当のもう自立して、一人立ちされるお子様に関しては、
この先の追跡調査に参加していただけるかどうか、お願いをしていきます。参加してもよいという方はメールアドレスを頂戴して、その後は、私たちの研究グループときちんと調査会社も通しまして、Web調査という形で、匿名性を完全に担保した状態で追跡をさせていただいて、研究費が取れればなんですけども、お仕事に就かれる頃までには、追跡させていただければと思っています。そちらの追跡調査に関しては、成人されたお子様ご本人と、契約させていただいて、進めるというデザインを考えています。
よろしければご協力賜りますようお願い申し上げます。」
参加者からいただいた質問
虐待する保護者の方も、実は小さい頃に、小児期の逆境体験を受けていたということが少なくないと思いますが、そういったとき大人になったお母さんや保護者にもポジティブな体験は有効であるといわれているのでしょうか。もし研究があれば教えてください。
ありがとうございます。むしろ、虐待を受けて成人された方の研究から、スタートしておりますので、被虐待経験をもつ親はすごく不安になっていると思います。 その方たちのケアから始まって、発展的に子どもさんにも応用できるものはなんであろうかという流れになっていますので、相澤先生がおっしゃられた研究の中心は親御さんの方にあります。また子どもを虐待してしまったという世代間連鎖についても、今日はお時間なくて伝えられませんでしたけど、 現在翻訳している本の中心となっているのは世代間連鎖になっています。加害者となった親と被害者となった子どもの二者が中心となっています。 今日ご紹介したことは成人の研究の層が厚くて、子どももセットにして取り組みたいというところです。ですので、できれば精神科の外来とか、うつなんですといったクライアントさんにお子さんがいたときなんかは、うつの原因には小児期のトラウマがあるかもしれないので、クライアントもお子さんも含めて、親子にアクセスしようとしています。
子どもがケアワーカーや里親さんを怒らせようとします。そういった時に、自分自身に対するサポート、ヒントになるようなことがあれば、教えてください。
みなさんそれぞれ努力されていると思います。私たちの領域から言わせていただけることがあるとすれば、「よく問題行動を出してくれた」ということを考え、子どもは「出しても大丈夫かもしれない」と思ってくれているのです。 その行動をみせてくれた子どもに対して、受容するような気持ちが自分自身も救うかなと思います。また、一般的に言われていることは、自分の余裕を確保していることです。 ここには第三者のサポートが必要で、子どもとの関係が切れないうちに父親や祖母に間に入ってもらうこととか、そこにいたるまでにリフレッシュが必要ですよね。 ピア・サポートも有効です。体験した人じゃないとわからないですよね。それと家族のネットワーク、チームができることがとても大切だと思います。クールダウンのためにタオルを入れてもらえるのもいいと思います。
虐待児とそうでない子どもとの対応は異なると思うのですが、一般的な子育てでは、こういう対応というのはあると思うのですが、逆に被虐待児にならではの対応はありますか。逆効果になることとかありますか。
1つはトラウマと脳が紐づいている状態があるということで、子どもがパニックになっているときは、そこが再活性されているので、大騒ぎされると余計に活性化されてしまいます。ハウリングしてしまうというでしょうか。多少の親子の怒鳴り合いもあるかもしれませんが、トラウマに基づく暴走が始まっていると感じたら、静かにする、テレビも消す、静かな環境にしていくということが対応になると思います。 かなり困難度がある場合、その専門のセラピーみたいなものをお子さんが受けていくことも、そこから親子関係をスタートしていくことありだと思います。
産みのお母さんが生後すぐに死んでいて、乳児院で育った子どもにも一生消えないような傷はできますか。また傷みたいなものがあるとしたらどうしたら良いでしょうか。あと実母の恋人から暴力を受けた子どもが3歳で保護されて、里親家庭で育ち、里父さんは暴力を振るわないですが、「パパを怒らせたらぶっ飛ばされる」という発言が今もあって、過去の影響が今でもあるのでしょうか。幼少期の傷が今もついてきているのでしょうか。
まず死別した乳児さんのケースでは、今までの研究の総括として、乳児院でポジティブなケアをしてくれて、乳児院の担当者さんに愛着ができている場合は傷はついていません。 小さい頃から継続して良い養育を受け続けていれば、いい里親さんのもとにいれば、問題ありません。ただ脳の発達するスピードは3歳より0歳の方が早いので、できるだけ早く速やかにポジティブな養育を受けられる環境に移行してください。 後者の質問の「父親がたたかないで」というのは子どものメッセージだと思います。「違うよ」と言ってほしいし、ここではそれが起こらないということを確かめたいということです。子どもは心の声をそのまま出したりするので、今そう思っているのだな、と解釈してもらって、そういうことはないよ、と納得させてあげてるといいかと思います。 時間がかかるかと思いますが、大丈夫だなと思うと、そういう発言は減ってくると思います。 子どもって自分がやった結果にしか興味も満足ももたないのです。子どものアンテナが出てないときに、いろいろやっても、言っても、浸透しなくて、自分が向き合ったときに結果って得られるのです。先ほど問題行動も大変と言ったのですが、その時はアンテナが全開の状態で「環境がどうやって私に反応してくれるの」というとなっているのであって、それは普通の赤ちゃん、子どもと一緒なのです。
子どもが自己防衛的に過食とか、自傷行為で自分の心を守ろうとする行動があると思いますが、これを直ちに止めようとすると、発散できない、外に出せないというか、一時的にかもしれないですが、傷が深くなるのではないでしょうか。ガス抜き的な自傷行為をやめさせることはいいのでしょうか。
症状を出すということは、今までのその環境の中で、コントロールしようとして、出しているわけではなくて、コントロールできなくて出しているということもあるので、愛着の問題やトラウマといった問題では、本当は自傷行為などをやめたいと思う子どもいるわけです。どうも止めたいと思っても、止まらないというのが問題にあって、「つらいね」とか、子どもの気持ちに共感しながら、行動化ではなくて、言語化して伝えられるといいね、ということを繰り返し言いながら、行動化してきた時に、対応していってあげるということが大切で、一気にそれを止めようと思っても、それは止まらないんです。 自分自身のサポートの仕方とか、背景としての肯定的な感情を生み出すポジティブな体験を、シャワーのようにいかに浴びせるか、ポジティブなシャワーを日々の生活の中でいかに浴びせられるか、そういうのとも相まって、そういうものは少しずつ良くなっていくので、症状だけ良くしようと思っても、うまくいかないと考えていただけたらと思います。
子どもにとってメンターは必要ですが、どのような人をどのような場で確保することができるでしょうか。 医師や療育機関の方々も考えられますが、いつでも相談にのっていただける柔軟な体制は難しいと思います。里親以外に資源はありますでしょうか。教育現場なら先生とかでしょうか。
(菅原先生)
あとは公認心理士といった国家資格もできて、トラウマケアもでき、教育機関や保育園を巡回しているので、候補としてあがります。
(相澤先生)
いい養育をするためには、自分のコンディションが必要です。
(菅原先生)
生活が楽しいということが一番の薬になると思います。
30歳になるまで生きづらさを抱えていました。30歳の時に長女を出産してから、さまざまな学びを得て、15年かけて本来の自分を取り戻すことができました。 現在は54歳、毎日が感謝とやる気で満ちていますが、疲れると負の感情がよみがえって、 俯瞰してその状態を見ることができるのですが、できれば負の感情になるのが嫌です。どうすれば忘れることができますか。という質問です。私なんかも幼少期に嫌だったことは今でも思い出すことがあります。だからといってそのことに感情的になるわけではないんですけど、みなさんも嫌な思いくらい持っているわけですよね。どうかなと思うのですが。
研究の結果として、どこをとってもACEsの項目に1つでも該当する人が半数近くを占める国はたくさんあって、嫌なことがある人は100%に近いくらいに1つの国にいるわけです。傷のない人生とは、どんな人生だとか思うのです。今の方のご質問ですと、すでにいろいろされてらっしゃるのだと思うのですが、あらためて50歳代にふさわしいマインドフルネスな活動とか、アロマテラピーとか何か自分を癒すことができるようなグッズとか活動とかを新たに探されてみてもいいのかな、と思います。新たなトラウマに効果のあるポジティブな活動に取り組んでみるのもいいかと思います。
愛着について、子どもの長期的な養育に影響していることはわかりましたが、より理解を深めるために、児相にも理解を深めていただきたい。児相に理解を深めてもらう働きかけはありますか。
里親さんがどういう働きかけをしたらいいかというと、子どもの反応や状況を伝えてもらって、どういうことですかね、と児童相談所の職員に問うていく。そのことによって児童相談所の職員はどのようなことが求められているのか考えるでしょう。
基本的に里親さんが養育しているときに、困り感があったり、「本当にこれでいいのかしら?」とか、悩んだようなときには、すぐにフォスタリング機関という専門機関に相談するということはとても大事だと思います。 不安になったことを専門家に相談することはとても大事だし、心のゆとりを生むためにも、「これでいいのだ。」と自分でちゃんと理解することが大事で、私もケアワーカーを長くやっていましたけど、子どもがパニックになったときには、落ち着くまで座って「話ができるまでになったらいらっしゃい」ということが、私の対応の基本的な対応でした。
パニックの最中に子どもに関わろうとしても、すぐにヒートアップしてしまうので、オフになるような状況になって、自分を取り戻したときに話ができるようになる。
虐待を受けた親御さんもすぐにそうなると言いますけれども、プロだって、里親さんだって、子どもが動揺すれば、不安定になるのが当たり前で、自分を落ち着かせる、安定を取り戻すためには、「子どもに安定を取り戻したい」といいながら、自分が落ち着ける状態を作って、そして子どもと向き合うというような、自分をサポートする方法なんかも併せて、身に着けながら、子どもと向き合うことがとても大切ですよね。
セミナー資料はこちらからダウンロード
資料 子どもの頃の養育環境はその後の人生にどう影響するか 子ども期の体験の長期的影響性ー健やかな発達をつくるためにー PDF版
第8回セミナーのご案内
主催オンライン里親会
「里親という【生き方の選択】と必要な支援」
7月24日13:00-15:00講師伊藤 嘉余子 氏
“心の支え”となるコミュニティ
ONE LOVE オンライン里親会は、里親が抱える日々のつらさやしんどさ、喜びを共有できるコミュニティとしてすべての里親をサポートします。
オンライン里親会は、無料で参加いただけます
メンバー登録をするはじめて知った里親の方へ
ONE LOVE オンライン里親会とは里親や次世代の子どもを支えたい方へ
寄付で支える